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"COP-26" 朴特命副学長、国際環境教育研究センター長に聞く

今年10月31日から11月13日にかけて、英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に、世界保健機構(WHO)アジア・太平洋環境保健センター所長として出席された本学の朴 恵淑特命副学長(環境・SDGs担当)兼 三重大学国際環境教育研究センター長に、歴史的な観点から見たCOP26についてお話を伺いました。

伊藤学長(写真左)と朴特命副学長(写真右)

朴先生は、本学で四日市公害などを研究され、四日市公害から学ぶ「四日市学」を提唱しことがきっかけとなり、環境問題を研究テーマとして長く活動されてきました。特に、先生が米テキサス州のヒューストン大学におられた1988年に、現地で大干ばつによるトウモロコシの大凶作に関するニュースが流れたり、1989年のベルリンの壁崩壊、冷戦時代の崩壊の時に、当時の潜水艦の乗員が北極海氷の減少に気づいた話が紹介されるなど、1980年代後半に温暖化の影響と思われる現象がいくつも報告され始めるようになり、朴先生の問題意識が一層高まったそうです。

1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにおいて「地球サミット」として知られる環境と開発に関する国連環境開発会議(UNCED)が開催されました。ここで、地球温暖化問題に関する国際的枠組みを設定した国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が採択され、世界155ケ国が署名しました。当時の日本の宮澤喜一内閣総理大臣も、地球の緑、水、空気の保全、そして途上国の環境問題対処能力の向上に日本として貢献していくことを明言しました。
その3年後となる1995年、第1回目の締約国会議(COP1)がドイツ・ベルリンで開かれ、さらに1997年12月に京都で開催されたCOP3では、先進国及び市場経済移行国の温室効果ガス排出の削減目的を定めた「京都議定書」が採択され、地球温暖化防止に向けた国際取組が本格的に動き出しました。
温室効果ガスの排出削減をめぐっては、先進国と途上国の利害がぶつかり、なかなか具体的な内容まで決まらない状態が続きましたが、国連サミットにおいて持続可能な開発目標 (SDGs)が採択された2015年に、フランス・パリで開催されたCOP21において、初めて2020年以降の温室効果ガス排出削減等に向けた世界の全ての国における国際協定の「パリ協定」が採択されました。パリ協定は、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度以下にすること、さらに1.5度に抑える努力をすること、気候変動による影響に対応するための適応策の強化、資金・技術などの支援を強化する仕組みを持つ包括的な国際協定でして、21世紀後半には世界全体の温室効果ガス排出量を実質的にゼロにする脱炭素社会を目指しています。朴先生は、これが各国の具体的なアクションを後押しする大きな契機の一つになったと見ています。

三重大学の環境・SDGs方針

COP26は、2020年に開催される予定でしたが、世界的な新型コロナウイルス感染拡大のため見送られ、今年の開催となりました。
朴先生は、このCOP26のホスト国であった英国が開催地にグラスゴーを選んだ背景を「パリ協定書を意識したことと、1765年にジェームズワットが蒸気機関を発明したのがグラスゴーだったことがあるのではないか」と解析されていました。「蒸気機関は産業革命をもたらし、それが後に地球温暖化の大きな要因になったといえる。今度は、緑の革命をグラスゴーから起こすという英国の意気込みがあるように感じた」と話されていました。

COP26では、開催を1日延長して14日間にわたる議論が行われ、「グラスゴー気候合意」の採択が得られました。朴先生にこの合意に関して感想を伺いましたところ、「各国の思惑があるものの、全体的には成功した国連の環境会議と評価できる。一番の成果は、世界の平均気温の上昇を1.5度以内に抑える努力を追求すると決意できたことで、パリ協定の内容を一歩踏み込んだものとなった。脱炭素(化石)社会を実現するためには、途上国でのCO2削減も重要で、これに対し先進国が技術的にも資金的にも支援するパートナーシップ行動基金も立ちあげられた。またこれらの活動をリードできる若者の育成を行っていくこと、グローバル・パーナーシップを決められた点は高く評価できる」とお話されていました。

今年は、津市内の紅葉はいつになく遅かったような気がします。みなさまの地域ではいかがでしたでしょうか。
また、大型台風の発生、ゲリラ的に降る集中豪雨など、気候変動が起こっていることを肌で感じることが多くなってきています。先日も、米国で季節外れの竜巻アウトブレークが起こっており、これも温暖化が一因と考えられます。このまま温暖化が進めば、10~20年で状況はさらに大変なことになってしまうと多くの科学的警告が出されています。
地球環境を持続可能なものとするには、脱炭素社会に向け、国のみならず、組織も、個人もそれぞれがどう対応していくかを考えて行かなくてはなりません。三重大学は、環境先進大学として、研究や人材育成、また大学運営の中で様々な取り組みを行っていますので、今後も皆さんと力を合わせ、環境問題、カーボンニュートラル・脱炭素社会実現への活動をより積極的に行っていきたいと思います。

朴先生は、冒頭でもご紹介した通り、本年10月からWHO西太平洋地域事務局のアジア・太平洋環境保健センターの初代所長に就かれております。このセンターは、当地域にある37カ国のWHOにおける環境問題を取り扱っており、ソウルに事務局があります。日中韓を含む西太平洋地域におけるWHOのセンター所長としても、朴先生の益々のご活躍が期待されます。

伊藤学長(写真左)と朴特命副学長(写真右)

朴特命副学長が描かれたイラスト

工学研究科・工学部「三重大学のトップレベルの研究を牽引」

今回は、工学研究科長・工学部長の池浦良淳先生に工学部について伺いました。

伊藤学長(右)と池浦研究科長(左)

三重大学工学部は昭和44年に機械工学科と電子工学科の2学科で設立された後、4学科を増設して計6学科となりました。令和1年度で行われた学科改組では、「総合工学科」1学科となり、機械工学、電気電子工学、応用化学、建築学、情報工学、総合工学の6コースから構成される形となりました。
大学院博士前期課程は、「機械工学」、「電気電子工学」、「分子素材工学」、「建築学」、「情報工学」「物理工学」の6専攻、博士後期課程は、「材料科学」および「システム工学」の2専攻が設置されています。
博士前期課程には、学部修士一貫性コースも新設されており、4年次で修士研究を進め、卒業研究に代えて長期インターンシップ(実働30日)を選択することも可能です。その後、5年次進級時に学士(工学)の学位が授与され、海外留学や地域と協働した海外インターンシップを取り入れることができるなど特色のあるカリキュラムとなっています。
工学部定員は、1学年400名、博士前期課程216名、博士後期課程16名で、三重大学では最も学生数の多い学部・研究科です。教員数は100名弱で、教員一人当たりの学生数は20名強となりますが、その中でFace-to-Faceによる丁寧な教育や研究に取り組んでいただいています。

三重大学の工学部は、企業と大学の共創教育を目指しています。池浦先生のお話から、本学の工学部には、社会や企業などから期待されている知識やスキルを身に付けられるよう、研究を自由な発想で行える環境が整えられていることが強みの一つになっていることを改めて強く認識しました。
工学部卒業生の活躍の場は、すでに製造業、建築業、電気・ガス業、運輸・情報通信業など多岐にわたっています。これからは産業構造が大きく変わり、特に情報工学に関わる社会的ニーズは飛躍的に高まってくるでしょう。
池浦先生は、こうした将来的な変化に応える教育プログラムの必要性を見据え、「基礎をしっかりと勉強し、それを応用した研究ができる教育環境と同時に、社会からの要請・要望の高い産業分野を横断した総合的な能力の育成に対応できる体制が重要である」と強調されていました。その上で、「今後は、地域連携人材育成プラットフォームなどを通じて、愛知県、三重県、大阪府といった近隣県で活躍される企業との連携を深めたり、学生支援のための奨学金制度を創設したりしながら、人材育成や地域創生となる共同研究を進めていきたい」とお話されていました。

対談の様子

教育とともに、活発な研究も本学工学部の特徴です。三重大学には、世界トップレベルの研究を支援する「卓越型リサーチセンター」がありますが、工学部もここを研究ハブとして様々な成果を生み出しています。
三宅秀人教授の特異構造の結晶科学(LED)研究、今西誠之教授の次世代型電池の研究、そして、池浦先生の人間共生ロボティックス・メカトロニクス研究もその一つです。また、最近では、村田博司教授のbeyond 5Gの研究も社会実装に向け動き出すなど、本学を代表するいくつもの研究が工学部において行われています。

また、三重大学は、地域拠点として県内に4つのサテライトを開設していますが、その一つである北勢サテライトで中心的な活動を行っているのも工学部です。各種研究会の実施や地域に出向いた組織的な工学部の研究活動の紹介、共同研究の橋渡しなどが実践的に行われています。
三重大学は地域共創大学としての活躍をこれまで以上に高めていく予定です。池浦先生は、「工学部の卒業生は大企業からの求人が多く、就職先の多くは、愛知県、関東圏・関西圏となってしまう。県内企業を含めたこの地域に根付く人材や頭脳の確保に向けて、どのように就職を支援していったらよいか検討していく必要がある」と取り組むべき課題をあげられていました。これは、地域共創大学としての立場から、非常に大切な点です。

最後に、池浦先生の研究内容についてお伺いしました。
前述の通り、池浦先生はロボティックス・メカトロニクスの研究者で、本学に「人間共生ロボティクス・メカトロニクスリサーチセンター」を開設されています。この研究分野は、人間の運動機能の補助となる共生型の技術をソフト・ハードの両面から開発を行い、社会課題の解決を目指していくというものです。
具体的には、作業用姿勢アシスト技術、自動車の運転アシスト技術、さらには医療・福祉分野にも応用できるものなど、人間をアシストする技術の開発が対象となっています。
今回の対談の際にも、ドライビングシミュレーターによる運転者の負担分析に基づく疲れにくいドライバーズシート、人間の運転特性に則した自動運転システム、筋肉の負担を軽減し長時間作業でも腰痛発症を予防できる作業用姿勢アシスト技術などを実際に見学させていただきました。それぞれが社会実装可能な技術で、すでに実用化が見えるところまで開発が進んでいるものもあり、研究成果の社会への還元が目に見えるようで大変楽しみな、わくわくするものばかりでした。

作業用姿勢アシスト技術を身に着ける伊藤学長

来年度から始まる三重大学の第4期(2022年度~2027年度)では、地域共創活動の大きな柱の一つに北勢サテライトを活用した産学官連携の活動を据えます。この活動の中で、工学部は大変重要な役割を果たし、さらなる活躍を見せてくれるものと大いに期待を寄せています。

伊藤学長(左)と池浦研究科長(右)

三重大学生の「Actする力」- すぱいすupくまの.-

三重大生が、地域活性化を目指して、熊野市にカフェ「すぱいすupくまの.」を起業したというニュースを聞きましたので、行ってきました。

津市から熊野市までは少し遠いですが、待ち望まれた熊野尾鷲道が2021年8月29日に全線開通したため、信号停止なく自動車専用道路で、一気に行くことができるようになりました。ずいぶん熊野市が近くなったと感じました。

カフェ「すぱいすupくまの.」は、熊野市駅前にある熊野市が若者の起業を応援するために整備した商業施設の1階にあります。建物を管理する熊野市観光公社が今年6月に出店者を募集し、三重大学人文学部法律経済学科4年生の久保理香子さんの「すぱいすupくまの.」が選ばれました。大変おしゃれなカフェで、お昼はテイクアウトのお弁当を販売し、午後からは、カフェとして営業しています。

お店の外観お店の入口

久保さんは、人口減少が続く熊野市の活性化について高校生の時から考えていたそうです。三重大学人文学部に入学し、現在は地方行政に興味があり、岩﨑 恭彦先生の地方自治論ゼミで勉強しています。地域の活性化には、地域の方々が地元に愛着を持つことが大切で、そのためには、豊かな時間をゆったりと育める場所が必要であると考え、今回のカフェの起業に繫がったとのことです。

三重大学で受けた教育では、教養教育などにおける三重県の企業家、行政の長の方を講師として招いた講義が大変勉強になったようです。三重に貢献したいと思うなら三重大学への進学が一番良いと話してくれた時は、大変嬉しく誇らしい気持ちになりました。

三重大学の教育目標は、幅広い教養の基盤に立った高度な専門知識や技術を有し、地域のイノベーションを推進できる人材を育成するために、「4つの力」、すなわち、「感じる力」、「考える力」、「コミュニケーション力」、それらを総合した「生きる力」を育むことです。これらの言葉には直接表現されていませんが、この中に含まれている重要な力に『Actする力』があります。仕事を遂行するにあたり、その方法論として良く出てくるPDCAやOODAにはいずれもA、すなわちActが入っています。久保さんの今回のカフェ起業は、まさにこの『Actする力』。地域の課題を見つけ、様々なデータから、その解決法を考えて、様々な人たちとコミュニケーションをとりながら、解決に向け行動する、この力が、今後の幸せな社会を創っていく上で重要だと思います。三重大学もこのような力をより発揮できる人材育成を目指し、教育のバージョンアップを行っていきます。

地域を活性化する第一歩を踏み出した久保さんには、今後益々キャリアアップを積みながら、素晴らしい地方のリーダーとなっていただきたいと思います。

伊藤学長(左)と久保さん(右)お店の中の様子

人文学部「文化や社会について考察」

今回は、人文学部長の藤田伸也先生に、人文学部のことについてお話を伺いしました。

人文学部は三重大学唯一の文系学部です。三重大学にもある生物資源、医学、工学などの理系学部は自然の成り立ちを研究し、それを人類社会へ応用する教育研究活動を行いますが、文系学部は、人がこれまで長い年月をかけて築いてきた文化や社会について考察し、現在および今後の社会の在り方について考え、議論する学問領域です。
藤田先生は、「文科系の学部は、我が国において、国家有用の人材を育成するのに重要な使命を担ってきており、人間とは何か、世界はどこまで広がっているのかなど、人間中心で考えていく学問を行う場である」と言われていました。

大学の姿は、世界の歴史の中で、様々な国の異なる社会状況や風土に影響を受けながら、時代と共に変化してきていますが、近代型大学の原点とも言われる中世ヨーロッパのボローニャ大学やパリ大学では、やはり法学、神学などの文系分野が中心に据えられていました。
三重大学の人文学部は、1983年に当学5番目の学部として創設されました。これにより三重大学の総合大学化、すなわちUniversityとしての形が整いました。わが国における高等教育において、教育の原点とも言える、哲学、倫理学という領域の教育が重要です。次世代の社会を担う豊かな人間性と創造性を備えた人材の育成、国際相互理解の促進などに繫がる教育も教養教育が原点であり、この点においても人文学部が担う教育研究活動が非常に大切だということを、藤田先生との対話の中で改めて認識を強くしました。

三重大学人文学部は、「文化学科」と「法律経済学科」の2つの学科で構成されています。
文化学科では、世界諸地域のさまざまな文化を総合的視点で理解できる豊かな教養と人間性を身につけ、専門的知識と国際感覚に基づいて判断・行動できる人材の育成がなされています。特に、科学史、科学哲学(進化論、生命倫理)、美術史学、文化人類学、図書館情報学などの領域に強みがあるのが当学の特徴です。

法律経済学科では、法学・政治学・経済学・経営学という社会科学の4つの分野にわたる幅広い専門知識を提供しており、専門性と学際性を兼ね備えた教育を行うことで、国際社会・地域社会の発展に貢献できる人材の育成を目指しています。

三重大学は、地域拠点サテライト活動を通じて地域共創活動を展開していますが、人文学部は、伊賀サテライトの忍者研究、伊勢志摩サテライトの海女研究など、地域文化の歴史をテーマにした教育研究活動を牽引し、その様々な研究は全国的、世界的に知られ、三重大学のブランド形成にも貢献しています。

藤田先生によれば、「人文学部の対象は、社会の変遷、考え方の移り変わりを研究するところにあり、様々なことに疑問を持ち、どこに問題があるかを見つけて、議論することが重要」なのだそうです。そのためには、大人数の講義ではなく、少人数で身近に接して指導することが大切で、教えるというよりは、様々な事象を共有し、そこから学ぶ姿勢が必要とされます。だからこそ、三重大学の人文学部では、少人数教育による行き届いた学習を特徴とし、数名~10名程度のゼミ形式で教育が行われているとのことです。これは、国立大学の文系ならではの教育スタイルだそうで、学習の進展に、学生自身のモチベーションが非常に大切だけれども、逆に学ぶ意欲があれば、極めて充実した学習を続けられる環境です。
学部生の後半になると、多くの学生は就職活動に重きを置いてしまう傾向もある様ですが、藤田先生は、「せっかくの限られた学びの機会を無駄にすることなく、出来る限り学習を続けることが重要だ」と強調されていました。概ね、学びに対して高いモチベーションを持ち続けられる学生は、結果的には就職でもよい手ごたえを得られる場合が多いそうです。

藤田先生のご専門の美術史についてもお伺いしました。先生は、地形図への興味から東京大学理科2類に進学され、理学部地理学科を目指されましたが、入学後、理系より文系の面白みをより感じるようになり、3次元を平面で表す絵画への強い関心もあって、最終的に文学部の美術史学科を専攻することにされたそうです。
理系から文系に変更された藤田先生のお考えの柔軟さや関心の幅広さ、また、そうした専攻変更が可能な東京大学の素晴らしさに感動しました。先生は、奈良の大和文華館で学芸員を務められた後、本学人文学部の教員に転職されておられます。

先生は、現在、特に中国絵画のご研究を進められており、今回お話を伺った際にも、11世紀ごろに描かれた北宋絵画(水墨画)の郭煕『早春図』複製掛軸を見せてもらいながら、その奥深さについて教えていただきました。『早春図』は、山水画の頂点とも言われる作品だそうですが、墨の濃淡を活かし、スケールの大きい中にも非常に繊細な描写がされており、季節の移ろい、大自然、そこに生活する様々な人々の描述から、その当時の中国が理想とする人と空間を感じ取ることが出来ました。総合的な文化の現れである美術は、社会の余裕や豊かさが必要ですが、中国の歴史や壮大さをこの1枚からも理解することが出来ることを教えていただきました。

最後に、藤田先生から、本学の基本理念に出てくる「切磋琢磨する」という中国由来の言葉の意味を教えていただきました。「玉(ぎょく)の原石は外から見ただけでは分からない、その原石を切り出して、十分な手間をかけて、どう形を整え、磨き上げていくか」、これが切磋琢磨という言葉が示す意味だそうです。原石からどう輝く玉を磨くか、何を切磋琢磨するか、三重大学の今後の人材育成について、人文学的見地から、改めて重要な課題を確認することが出来ました。

高等教育におけるリベラルアーツの重要性、さらにリカレント教育の必要性が指摘され、文理融合、異分野横断的な教育から総合的人間力をもった人材の育成が必要となってきています。これらの三重大学の教育研究活動の発展において、人文学部の活躍が大いに期待されます。

伊藤学長藤田人文学部長

伊藤学長(左)と藤田人文学部長(右)伊藤学長(左)と藤田人文学部長(右)

地域共創のハブ組織「地域イノベーション学研究科」

今回は、本学の地域イノベーション学研究科の小林一成研究科長にお話を伺いました。

小林研究科長


「イノベーション」という言葉は、今、様々な分野で使われています。モノ・仕組み・組織などに、従来にはなかった新しい考え方や技術を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的インパクトのある革新や刷新、変革をもたらすことを意味した言葉です。

小林先生は、イノベーションの代表事例として、「人々の移動を劇的に変化させた鉄道の発展」を挙げられました。蒸気機関の発明により機関車が作られ、場所を繋げるというコンセプトからインフラとなる線路が敷かれ、この2つが組み合わされて、それまでの移動手段にはなかった新しい価値が創生されたのが鉄道。まさに複数の要素の組み合わせが、単独で発揮する以上の価値、あるいはまったく新しい価値を生み出したイノベーションそのものであるということです。

そんな小林先生は、「三重大学の地域イノベーション学研究科が標榜するのは、大学の研究成果と知識を活用しながら、社会との連携によって地域を活性化させるための方法論を見出す学問。モノ・コト・ヒト・バショの新しい結合により、地域を明るく、暖かくすることを目標にしている」と言われていました。

小林研究科長


この地域イノベーション学研究科は、学部を持たない、博士前期(修士)および博士後期(博士)課程の大学院に特化した研究科です。創設は2009年4月と歴史はまだ12年、三重大学では一番新しい教育研究組織です。

本研究科が設立された背景には、少子高齢化や人口流出などを理由とした人口減により、県内の産業や伝統、住民主体となる地域活動が衰退していくことへの危惧がありました。社会や地域の活性化には、新たな産業をはじめとする価値創造が必要で、そのための人材の育成を行う組織として、地域イノベーション学研究科が生まれました。

スタート当初は「工学イノベーション」と「バイオイノベーション」の2つのユニットで、10名の理科系の専任教員により構成されていました。その後「社会イノベーション」ユニットが追加され、現在は、専任教員も19名となり、文理融合型の大学院の完成形に近づいています。2016年には現在の新しい研究棟も新築されました。
教育研究活動は、研究開発能力の専門教育を担当するR&D(Research and Development)教員と、プロジェクト・マネジメント(PM:Project Management)能力の専門教育を担当するPM教員が連携して進めており、これら両方を同時に学べる日本初の大学院として、我が国においても特徴的な存在となっています。

特に、PMを学べ、実践する力が養えるというのが、従来の高等教育と大きく異なる点でしょう。PMというのは、研究成果や知識を生かし、地域にある課題や問題の本質を捉え、実際にキャンパスの外で課題解決に取り組み、地域活性化に向けた取り組みを目指すものです。三重大学は、「感じる力」「考える力」「コミュニケーション力」「生きる力」を育成することを教育の指針に挙げていますが、まさに地域イノベーション学研究科が目指すのは、これらの力を本学が関係する地域において発揮し、発展させることと言ってもいいと思います。

地域イノベーション学研究科の大学院博士後期課程では、現在までにすでに31名が学び、そのうち3分の1が企業のトップマネージメント人材です。小林先生によれば、この中から、次世代エネルギー利用型の国内最大級植物工場、プロが唸るクラフトビール、世界から問い合わせの来る水質浄化装置、思いもよらない健康成分など、新しいビジネスモデルや製品の開発が実現されてきているとのこと。また、プロジェクト・マネジメントを実践できる研究開発系人材や、地域社会の課題解決に向けてゼロから価値を生み出すソーシャル・アントレプレナー人材が育ってきており、県内の新たな雇用機会にもつながってきているそうです。
小林先生が今後注目のテーマの一つと挙げられたのは、三重県南部です。この地域は、一次産業の規模は減少傾向にある一方で、人口減少により従事者の収入がV字回復する現象も見られ、今後一次産業そのものや六次産業化の新たなモデル展開が期待できると思われます。

伊藤学長(左)と小林研究科長(右)


小林先生は、「地域イノベーション学研究科は、今後、特徴的なPM教育をさらに広げて、大学院基礎教育の充実を図っていくことを目標としている」と話されています。

人生100年時代と言われる通り、健康寿命は延伸し、人々はより長く働き、生涯のうちに複数の会社や職業を経験することが当たり前の時代が到来します。こうした時代を生き抜くには、人生の様々な節目で、その後のキャリア形成に結びつく学びが必要です。本学は、そうしたニーズに応えるリカレント教育を提供、充実させていく役割があり、この点は、地域イノベーション学研究科独自の理念とも大いに一致するものです。リカレント教育に関する三重大学のプラットフォームとして、地域イノベーション学研究科の役割が期待されます。そして、本学で地域イノベーション学を学んだ人達が核となって、新しい時代の中で発展できる地域マインドを育み、地方に元気なコミュニティーを形成し、東京一極集中とは違う新しい日本の未来をつくってほしいと思います。

最後に、小林先生のご専門についてお話を伺いました。先生は、イネなどの食料や飼料となる植物の、耐病性やストレスに強い作物の育種に関するご研究をされています。遺伝子組換えやゲノム編集のように遺伝情報を操作する方法もありますが、先生は、遺伝子のメチル化やヒストン修飾といった、いわゆるエピジェネティクスという領域を応用しています。
遺伝子の塩基配列、遺伝情報を直接的に変更させることなく、遺伝子がもともと持つ機能に注目するため、食品に応用した場合にもより消費者に受け入れられやすい方法だそうです。また、エピジェネティックでは、遺伝子自体を変化させるわけではないので、発現した変化はその世代のみと考えがちですが、小林先生の研究成果では、数世代も優れた性質が続くことが明らかになってきているようです。社会への応用が期待される大変興味深いご研究と思いました。

伊藤学長


三重大学は、地域共創大学としての発展を今後の方向性としています。地域共創大学というのは、地域とともに発展し、地域の方々の幸せにつながる研究・教育・医療を実践する大学です。この視点からも、各学部の横断的教育研究組織として発展し、地域共創を繋げるハブ機能を強化し続けている、地域イノベーション研究科の活躍が今後益々期待されます。

小林研究科長(左)と伊藤学長(右)

教育学部「国造りは教育から」

前回のブログから、本学の学部長や研究科長と対談した内容やその時感じたことについてお伝えしています。今回対談をお願いしたのは、教育学部長の伊藤信成先生です。

天文学のご専門家でもある伊藤先生との約束の日は、ちょうど24年ぶりの『スーパームーン×皆既月食』となる5月26日木曜日。教育学部の屋上で、月を待ちながらの対談という大変すばらしい設定をご準備いただきました。
(残念なことに、曇りで月を見ることができませんでしたが・・)。

伊藤信成先生が教育活動に使われている天体望遠鏡

伊藤信成先生が教育活動に使われている天体望遠鏡。
目で見える星の1万分の1の暗さの星まで観測できる。


教育学部は三重大学で最も歴史のある学部です。由来となった三重師範有造学校は1875年(明治8年)創立ですので、150年弱の歴史を有していることになります。本学の教育学部の歴史を紐解くと、近代化を目指して行われた新たな国造りの中で教育がとても重要視されていた明治初期の時代背景が見えてきます。
三重師範有造学校はそれから少しずつ形を変え、1949年(昭和24年)、三重大学の設立と同時に、本学の「学芸学部」となり、引き続き教員育成を担ってきました。当時、本学はまだ学芸学部と農学部のみで、私の実家の近くである現在の津市庁舎あたりに校舎があったことを覚えています。
こんな教育学部の150年は、まさに激動の日本と歩んだ歴史です。西洋文化の流入、世界大戦、そして敗戦からの復興、高度経済成長とバブル崩壊、最近では高齢化と人口減少、価値観の多様化など、時代のキーワードをあげればきりがありません。そんな時代、時代に生きる子どもたちや若者の教育に携わる人材育成を担ってきたのが教育学部です。今また大きな転換期を迎えようとしている社会が必要とする、教育分野のたくましいリーダーの育成に、三重大学教育学部はどのように取り組んでいくのでしょうか? 

教育学部案内など資料 


伊藤学部長の言葉の中でとても印象的だったのは、「昔の学校が力を入れたのは『知識』を教えること。今、そして今後大切なのは『どう考え、どう行動するかをしっかり決めることができる"生きる力"』を育てること」というものでした。このことは、大学教育を含め、現在の教育全般に通じることです。情報過多と言われる時代、情報を一方的に受け取るのではなく、自分で解析し、考え、様々な人とのコミュニケーションを図りながら、積極的に行動する力が大切となってきています。その力を育成するために、教育学部が今後に向けて重要と位置付けている4つの柱についてもお聞きできました。

伊藤学部長


一つ目は、デジタル化への対応で、現場では明治以来の大改革くらいの心構えだそうです。情報端末や通信環境の教育的活用を前提としたGIGAスクール構想への取り組みも附属学校園をはじめ各地で始まっています。

2つ目は、多様な児童・生徒への教育。特に、外国籍や特別な支援を要する児童・生徒などへの教育環境の整備が重要となってきているとのこと。三重県は外国籍の方の割合が高い県で、なんと津市では26の言語が使われ、外国籍児童の在籍率が日本一であることもお聞きしました。

3つ目に挙げられたのは、小規模校や複式学級に対応できる教育人材の育成です。今後ますます少子化が進むと、地方での学校規模が縮小され、教育ニーズも変化していくことが予想されます。そうした変化に対応するため、教育現場でもオンラインによる教育や生徒支援が必要となります。そこで、教育のDX(Digital Transformation / デジタルトランスフォーメーション)化、つまりITを活用することでよりよい教育を実践できる教員の育成が重要となります。すでに本学の東紀州サテライトでは、その実践と研究が行われています。医師不足地域で各専門医の配置が難しい場合に、総合診療医が活躍する場面とよく似ていると感じました。また、少子化時代には、地域枠入試を活用して教員をめざす優秀な学生を獲得し、地域の豊かな教育を担う、地域に根差した教育人材を育成していくことも大学の大切な役割である点についても、伊藤学部長と意見交換ができました。

最後の柱は、教員研修の機能充実とのことです。研修を通じて教員として活躍されている先生方への支援、その教材開発などが、すでに教育学部、附属学校園で行われています。これらの活動は地域共創大学としての三重大学が担うべくリカレント教育の視点からも大切なポイントです。

これら4つの柱以外にも、第4期の目標に向けて、大学教職員数減少の中での教育環境の維持、教職大学院の充実、附属学校園改革なども取り組まなければならない重要な課題と話されていました。

おわりに、伊藤信成先生のご専門である宇宙についても、お話を聞かせていただくことができました。
宇宙を思い浮かべますと、あまりに壮大すぎて、私自身よくわかりません。私の専門分野である医学、中でも生物系の研究では、細胞や分子から考え、研究がミクロの方向に向かいますが、天文学は時間をも超えた壮大な領域の解明への挑戦です。この地球で、生命が生まれた経緯も想像すら難しいですが、私たちの存在も宇宙の動きの一部なのでしょう。先生のお話を聞きながら、宇宙のすさまじい力、自然の流れは、分子、個体、銀河、宇宙がやはり一つにつながっている証なのだと改めて感じました。

伊藤学長


今、社会は、明治維新以来の大きなターニングポイントを迎えていると言っても過言ではありません。22世紀につながる新しい日本の社会の基盤を支えるのは、やはり優れた人材です。新しい時代のよき国づくりを先導できる人材育成の基盤として、教育学部の活動は欠かせません。社会のニーズに対応しながら、新しい時代に向けた教育学部の活躍、発展を祈念したいと思います。

伊藤学長(左)と伊藤学部長(右)

教育学部のレリーフ『ミネルバの梟』の前にて

三重大学 三翠の心

皆様 4月より学長に就任いたしました。よろしくお願いいたします。
本ブログでは、様々な話題について発信してまいりたいと思いますが、まず学部長・研究科長との対談を通じて、三重大学の現状と課題について考えてみたいと思います。
初回は、生物資源学部について、生物資源学部・生物資源学研究科長の奥村克純先生にお伺いしました。

対談する伊藤学長(左)と奥村研究科長(右)


奥村先生とのお話は、三翠会館で行いました。「三翠」という言葉が三重大学によく出てきます。この建物は、生物資源学部の前身である三重高等農林学校時代の1936年に建てられたもので登録有形文化財に指定されています。また、三重大学の講堂も三翠ホールと名付けられています。三重高等農林学校創設の時の素晴らしい景観は、「樹(松)のみどり」、「海のみどり」、「空のみどり」を「三翠」という言葉で表され、三重大学の基本理念にある「〜人と自然の調和・共生の中で〜」という部分に通じ、現在の大学運営・キャンパスづくりに引き継がれています。

三翠会館の前で写真撮影 伊藤学長(左)と奥村研究科長(右)


学部の教育研究理念をお聞きすると、「山の頂きから海の底まで」という一言でお返事が返ってきました。大量生産、大量消費、GDPを繁栄の指標とする時代から、幸せ度や満足度を大切にし、モノから情報、所有からシェア、縦社会から横のつながりを考える生き方を重視する時代に変わってきています。また、社会全体が、環境問題、SDGsなどの持続可能な考え方をベースに置くようになってきていますが、生物資源学部は創設時より「人類の持続的生存を保障する」という高い使命感を持って教育研究活動が行われていることから、地域共創大学を目指す三重大学の方向性そのものであると感じました。

奥村研究科長

山の頂きから海の底まで イラスト 


鈴木三重県知事が、日本を2つに折ると、その折り目にちょうど三重県が来ると言われるように、三重県は日本全体の縮図です。生物資源学部は、質の高い基礎的研究に加えて、農場、演習林や水産実験所などの附属施設、練習船勢水丸や地域拠点サテライトを活用しながら日本の縮図である三重県全体を活動フィールドとして、教育研究活動を展開しています。農林水産系におけるほとんどの学問領域をカバーする約70の教育研究分野で構成され、博士課程を有し、入学定員が260名の東海・中部で最大規模の学部です。

農林水産分野の産業は、今までの生産に加え、今後、加工、流通販売などを一体として取り扱う第6次産業への展開が望まれています。この展開には、Society5.0で必要なAI活用や質の高いデータ構築、GAP(good agricultural practices)認証などの品質と安全保障などが大切だと奥村先生は言われました。これらの新しい社会の流れを取り入れ、人材育成、地域社会貢献など、新しい生物資源学部の活動が進んでいくものと思われます。第4期に向け、生物資源学部の益々の発展を期待したいと思います。

伊藤学長(左)と奥村研究科長(右)