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2010年以降の猛暑頻発・冷夏不発生は、気候のレジームシフトが一因 ー温暖化に伴うレジームシフトが高気圧と偏西風蛇行を強めたー

2023.9.29

研究の概要


・近年の猛暑頻発・冷夏不発生は、南北傾斜高気圧*1)の発生と偏西風*2)の蛇行によるものであることを、過去65年間の観測値の統計解析により解明
・地球温暖化に伴うユーラシア大陸北東部の高温化が南北傾斜高気圧を強める
・温暖化に伴い2010年に北半球規模での気候変化(気候のレジームシフト*3)が起こったことを発見
・偏西風蛇行と南北傾斜高気圧は、このレジームシフトと連動して強まった

2010年以降猛暑が続く理由の模式図

図 2010年以降猛暑が続く理由の模式図
(1)通常年は北海道付近を西から東に流れる上空の偏西風が、近年大きく北に蛇行。
(2)蛇行の凸の場所に上空の高気圧(H)が発生し停滞。
(3)上空の高気圧は下層に向かい南へ傾斜し、地面付近では日本付近に中心を持つ高気圧(H)となる。
(4)この高気圧(H)は2010年以降ほぼ毎年発生(今年2023年にも発生)。
(5)高気圧による下降気流が猛暑を強化。
(6)高気圧は、暖かい大陸と冷たい海洋の温度差の増大と偏西風の蛇行で発達。
(7)近年の大陸の温暖化加速が傾斜高気圧とそれに伴う偏西風の蛇行を強化。
(8)地球温暖化に伴い、2010年頃に北半球規模の気候のレジームがシフトしたことが、傾斜高気圧に伴う猛暑多発の一因。

【概要・研究の意義】
 過去65年間にわたる観測値の統計解析から、2010年以降の南北に傾斜した構造を持つ高気圧(南北傾斜高気圧)の発生および、偏西風蛇行が、北日本の猛暑頻発・冷夏不発生の一因であることを解明しました。偏西風の蛇行、南北傾斜高気圧の発生は、地球温暖化に伴うユーラシア大陸北東部の高温化や、本研究によって初めて発見された北半球規模での気候のレジームシフトと関係があります。このレジームシフトによって、北日本では毎年のように猛暑が引き起こされており、今後災害級の冷夏は発生しない可能性が高いです。この研究は、日本をはじめ、北半球の各地域における異常気象のさらなる解明と予測において新たな鍵となるとともに、地球温暖化の予測、緩和、適応などにも役立つことが期待できます。

【背景】
 北日本は、北側を冷たい海洋と大気、南側を暖かい海洋と大気に囲まれています。そのため、地球全体が温暖化している時代であっても、冷たい海上を通る北風が吹くか、暖かい海上を通る南風が吹くかによって、暑夏・冷夏いずれも発生する可能性がある地域です。2000年代以降も冷夏がしばしば発生していましたが、2010年以降は冷夏が発生しておらず、猛暑が頻発しています。日本周辺の大気・海洋の特徴を考えると、風向きによって冷夏が発生する可能性は、十分考えられるにも関わらず、なぜ近年冷夏が発生していないのかという視点での研究はこれまで行われてきませんでした。過去、北日本は、冷夏による被害を度々受けており、1993年の大冷夏時には、海外から米を緊急輸入せざるを得ないほどの米不足に陥り、社会的混乱を招きました。もし、今後、冷夏が発生せず猛暑が続くとなれば、暑さ対策に振り切った技術開発、品種改良を行うなど、対策の再検討が必要です。このように、冷夏が発生しない理由を研究することは、気候変動適応策を考える上で重要であると言えます。本論文では、2010年以降冷夏が発生していない理由の解明と、将来の冷夏発生の可能性について論考しました。

【研究内容】
 2010年以降、冷夏とならず、猛暑が頻発している主要因は、上層・カムチャツカ半島付近、下層・北日本付近に中心を持つ、南北に傾斜した構造を持つ高気圧(南北傾斜高気圧)の発生であることがわかりました。この南北傾斜高気圧が、冷夏をもたらす要因を阻害し、高気圧に伴う下降気流による断熱昇温*4)により、猛暑が頻発しています。
 南北傾斜高気圧は、オホーツク海や親潮域などの冷たい海洋と、ユーラシア大陸北東部の大陸の暑さとの間に、東西海陸温度コントラストが存在することで発生します。高気圧は図のように時計回りに風が吹くため、北風は吹きません。通常の高気圧は、暖かい南の大気と冷たい北の大気の南北温度コントラストが大きい時に発達しますが、この南北傾斜高気圧は、西の大陸の暑さと東の冷たい海洋の、東西温度コントラストが大きいために発達します。大陸と海洋間の東西温度コントラストは、近年拡大傾向にあり、その理由は、地球温暖化による昇温速度が、大陸の方が海洋よりも大きいためです。地面は熱せられるとすぐ温度が上がりますが、海洋はゆっくり温度が上がります。
 この南北傾斜高気圧が近年強まっているもう一つの理由は、ユーラシア大陸北東部および北半球全体で、偏西風が近年蛇行傾向にあることです。特にユーラシア大陸北東部では、図に示すような北に凸の形で激しく蛇行し、上空に高気圧が発生します。この上空の高気圧と下層の高気圧が結合し、南北傾斜高気圧が強まるのです。近年の海陸温度コントラストの増大と偏西風蛇行の激化に伴い、2010年以降、南北傾斜高気圧の発生が増加しました。このようなことから、2010年頃に北半球規模での気候のレジームシフトが発生し、猛暑が連続して発生していると考えられます。この気候変化が続く限り、北日本に再び冷夏が発生する可能性は低くなるとともに、毎年のように猛暑が訪れることが予想されます。

【今後の展望】
 本研究の成果は、農業分野や社会活動における、気候変動適応策考案の一助となること、北日本をはじめ、ヨーロッパやアメリカなどを含む、北半球の夏の気候予測の精度向上に寄与することが期待されます。また、温暖化と気候変化との関係に関する新たな展開により、異常気象頻発化時代を生き抜くヒントが得られることが期待されます。

【用語解説】
*1)南北傾斜高気圧:本研究により解明された新型の高気圧で、上空の偏西風の北への蛇行と連結している。通常の高気圧は下層から上空に向けて東西に傾斜した構造を持ち、地球の南北の温度差と連動する。南北の温度差を効率よく解消するために通常の高気圧は東西に傾斜する。一方、南北傾斜高気圧は高温の大陸と低温の海洋の東西温度差と連動するため、傾斜方向が異なる。
*2)偏西風:中緯度上空を定常的に吹く西風。偏西風は通常は直進するが、何かの影響で南北に大きく蛇行し、その蛇行が長続きすることがある。偏西風が蛇行すると、蛇行の山と谷に対応して高気圧と低気圧が発生し、それらが同一の場所に長く停滞し、異常気象をもたらす。
*3)気候のレジームシフト:気温や風などの気候要素が、ある状態から別の状態に急激に変化すること。気候ジャンプとも言う。2010年頃にレジームシフトが起こったことを本論文が初めて示した。過去には、1978年や1989年にレジームシフトが起こったことが知られている。
*4)断熱昇温:高気圧による下降気流によって、上空から地上付近に空気塊が移動した際に、周囲の気圧が上がることによって、空気塊が圧縮され、これと同時に、温度が上がること。

本研究成果は,アメリカ気象学会発行の学術雑誌(Journal of Climate)に2023年8月31日付でオンライン掲載されました。
Consideration of whether a climatic regime shift has prevented the occurrence of a cold summer in northeast Eurasia since 2010
DOI: 10.1175/JCLI-D-23-0191.1 (※三重大学外部のHPとなります)

本研究は、新学術領域研究を始めとした複数の文部科学省科学研究費補助金(16K13880、 17H01156、17H02958、17K01223、19H05695、19H05668、19H05698、19H05703、20H04306、 20K12197)と、北極域研究推進プロジェクト(ArCS; JPMXD1300000000)、北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ; JPMXD1420318865)で実施されたものです。

本プレスリリースの本文は「こちら

三重大学大学院 生物資源学研究科 気象・気候ダイナミクス研究室(立花研究室)のサイトはこちら


研究者情報


天野さん

三重大学大学院生物資源学研究科 大学院生
天野 未空(AMANO Miku)
専門分野:気象学, 気象力学

立花教授

三重大学大学院生物資源学研究科 教授
立花 義裕(TACHIBANA Yoshihiro)
専門分野:気象学, 気候力学
現在の研究課題:異常気象

安藤学術研究員

九州大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門 学術研究員
安藤 雄太(ANDO Yuta)
専門分野:気象学, 気候力学
現在の研究課題:大気海洋雪氷相互作用,テレコネクション