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野生イルカの群れを水中で定義する方法の確立

2023.5.23

研究の概要


 動物が他個体とどのように関係を築き、どのような社会を持っているのかについて知ることは、その動物の生態の深い理解につながるのみならず、私たち人間の社会がどのように進化してきたのかについて明らかにできる可能性があります。伊豆諸島にある御蔵島周辺海域に棲息する野生のミナミハンドウイルカは、28年にもわたる個体識別調査により、現在、約140頭いるイルカたちのほとんどに名前が付けられており、その社会を研究するのにうってつけの動物です。イルカの社会を知るための方法として、同じ群れにいる個体同士は関係性が強いと考える方法がありますが、ミナミハンドウイルカは、私たちと同じように、時間を経るごとに一緒にいる個体が変化し、群れのメンバーが変わってしまう離合集散型社会を持つため、明確な「群れ」を定義することは困難です。また、御蔵島においては水中映像が多く蓄積されていますが、その映像から「群れ」を定義する方法はありませんでした。そこで、船の上と水中で同時にイルカを観察し、比較することで「群れ」を定義しようと考えました。

 まず、「同じ方向に移動し、同じ行動をしている個体の集まり」を群れとみなす定義を用いて、船上から群れを観察します。同時にその群れに水中観察者が入り、ビデオを撮影します。群れが去れば水中観察を終え、船は再度群れを探して移動します。これを何度も繰り返します。研究室に戻り、水中で撮影したビデオから群れを定義するための5つの方法を用いて、ある観察した群れと、その1つ前に観察した群れが同じ群れまたは違う群れかどうかを調べます(たとえば、10:20に見た群れは、次の観察10:45に見た群れと同じものなのか、違うものなのか)。船上観察と水中観察の結果が一致したかどうかを調べることで、船上観察の見解に最も近い水中観察時の群れの定義方法を決定しました(図)。2018年および2000年に234回の水中観察を行った結果、「E+ID法」※1という方法が両年とも最も船上観察の見解に近く、また、様々な社会関係の指標にも近かったことから、この方法が最適であることが示されました。
 この水中における群れの定義によって、本海域で長年蓄積してきた水中映像を用いることで、ミナミハンドウイルカの「仲良し関係」、つまり社会関係を明らかにできる基盤が整いました。ミナミハンドウイルカの社会関係を知ることは、ハクジラ類全体でどのように社会が進化したのか、そしてその要因は何だったのかを調べるための1つの重要な情報となります。このことから、私たち人間を含め、動物の社会がどのように進化してきたのかについて知る手がかりを得ることが期待されます。

※1「E+ID法」:一回の水中観察で出会った群れはすべて別々の群れと考えるが、同じ個体が1頭でも観察された群れは同じ群れとする方法」という、とても簡単な定義で、他海域や他の動物にも応用ができると考えています。

船上観察と水中観察の群れの変化による比較の例

図 船上観察と水中観察(E+ID法)の群れの変化による比較の例
船上観察では個体がわからないため、群れ全体の動きを追跡し、水中観察では個体識別を行い、一頭でも同じ個体がいた場合(この図では#A)は同じ群れであったとする。E+ID法が、船上観察と最も一致率が高かった。


詳しくはこちらをご覧ください。


研究者情報


   

森阪教授

生物資源学研究科 附属鯨類研究センター 教授
森阪 匡通(MORISAKA Tadamichi)
専門分野:生物音響学・動物行動学・鯨類学
現在の研究課題:鯨類における興味深い行動の記載・鯨類の保全に関わる要素技術の開発・鯨類のコミュニケーションや社会に関する基礎研究

古市さん

生物資源学研究科 博士前期課程(研究当時)
古市 知(FURUICHI Tomo)
専門分野:動物行動学
現在の研究課題:保全生物学

小木事務局長

御蔵島観光協会 事務局長
小木 万布(KOGI Kazunobu)
専門分野:保全生物学・鯨類学
現在の研究課題:御蔵島周辺海域の鯨類の保全研究、御蔵島の動物相の記載

吉岡教授

生物資源学研究科 教授(現 理事・副学長)
吉岡 基(YOSHIOKA Motoi)
専門分野:海生哺乳動物学・繁殖生理学
現在の研究課題:鯨類の繁殖生理機構の解明・伊勢湾に生息するスナメリの生態解明