概要
日本小児がん研究グループ(JCCG)の血液分科会(JPLSG)付随研究の一環として、三重大学大学院医学系研究科 教授 堀 浩樹と同大学院博士課程 森山貴也は、米国St Jude Children's Research Hospital Jun J. Yang博士主導の国際共同研究チームと共に、チオプリン製剤の代謝に関わる「NUDT15」と呼ばれる遺伝子について、遺伝子多型*が薬剤の感受性を高める分子メカニズム及び生体内における薬物動態について初めて解明し、日本時間2016年2月16日午前1時より英国科学雑誌「Nature Genetics」のオンライン速報版において公開されました。また、2月22日には厚生労働記者クラブにおいて、記者会見を開催しています。
今回の研究成果によって、小児がんのうちで最も高い割合(3割強)を占める「小児急性リンパ性白血病(ALL)」の抗がん剤治療において、事前に遺伝子診断を行うことで、患児の体質に合わせた抗がん剤の投与量の調節が可能となり、副作用として発生していた感染症のリスクを減らすことができるようになります。
*遺伝子多型(いでんしたけい)・・・同一種の遺伝子に複数の塩基配列パターンがあること。
掲載論文
『Nature Genetics』(Nature Publishing Group 学術誌)
URL:http://www.nature.com/ng/journal/vaop/ncurrent/abs/ng.3508.html
(2016年2月15日オンライン)
ポイント
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「小児急性リンパ性白血病(ALL)」では、その治療戦略の一つとしてチオプリン製剤の有効性が証明されています。これまでに「TPMT」及び「NUDT15」と呼ばれる遺伝子の多型がチオプリン高感受性(チオプリンが通常より良く効く性質)に関与することがわかっており、また、日本人を含む東アジア人種においては他人種より「NUDT15」遺伝子多型の割合が高く、薬剤の効き過ぎによる副作用(骨髄抑制)を来しやすいことが知られていました。しかし「NUDT15」の遺伝子多型を体系的に検討した臨床研究は存在せず、それら遺伝子多型が薬剤高感受性をもたらす分子メカニズムや、チオプリン代謝産物の生体内動態と多型との関連性については明らかでありませんでした。
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本研究グループは、日本人を含むアジア人とヒスパニック系を中心とした小児白血病患児計270例を対象に「NUDT15」遺伝子を詳細に解析した結果、既知の多型に加え3種類の新規多型を同定し、多型により「NUDT15」の機能が失われることを発見しました。さらに、多型を持つ患児ではチオプリンの効き過ぎによる副作用である骨髄抑制を生じやすくなり、治療中断のリスクが高まることも明らかにしました。一般に、「NUDT15」は酸化ストレスによるDNA損傷を抑制する酵素として知られていますが、今回の研究で「NUDT15」の機能がチオプリン代謝においても重要な役割を持ち、その副作用に関与することを明らかにしました。
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特に日本人ではおよそ3人に1人の割合で「NUDT15」遺伝子多型を有していることから、今後の白血病治療戦略を考える上で、「NUDT15」遺伝子多型を考慮に入れることが重要であり、遺伝子多型に応じたチオプリンのオーダーメイド医療の導入が促進されることが期待されます。また、チオプリンは小児急性リンパ性白血病のみならず炎症性腸疾患分野でも広く使用されており、本研究結果がより多くの臨床現場へ応用される可能性も秘めています。
特記事項
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本研究はJPLSG付随研究の一環として実施し、厚労科学研究費、日本白血病研究基金による支援を受けています。
- 記者発表資料(PDF:https://www.mie-u.ac.jp/R-navi/release/files/20160222press.pdf)
研究者情報
医学系研究科 博士課程
St. Jude Children's Research Hospital, Postdoctoral Fellow
森山 貴也(Moriyama, Takaya)
専門分野:小児科学、血液腫瘍学、pharmacogenomics
現在の研究課題:ゲノム情報に基づくチオプリンオーダーメイド医療の実現
医学系研究科 生命医科学専攻 基礎医学系講座
教授 堀 浩樹(Hori, Hiroki)
専門分野:小児科学、血液腫瘍学、国際医療協力、医学教育
現在の研究課題:抗癌剤および抗癌化学療法、小児癌患児へのトータルケア、小児癌患児の晩期合併症
【参考】
医学系研究科 http://www.medic.mie-u.ac.jp/
教員紹介ページ(堀 浩樹)http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/2047.html