- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

科学技術三流国への道(その1)

   さて、先週は1回しかブログを更新できませんでしたが、その理由は、6月19日にあった「大学病院を有する国立大学長の会」の準備のために猛烈に忙しかったからです。

   この会は、86ある国立大学の集まりである国立大学協会(社団法人)の中で、私が委員長をしている病院経営小委員会が中心となって、2004年の法人化以後毎年開催し、附属病院をもつ42大学の学長さんに声をおかけしています。

  この会では、国立大学病院の教育、研究、診療や経営の状況について毎年実施しているアンケート調査の報告や、病院経営についての講演などを行っています。今回は、私が第5次アンケート調査(主に07年度のデータ)の結果を報告し、旭川医科大学長の吉田晃敏さんが、国立大学病院のデータベースセンターについて、公認会計士の牧健太郎さんが、財務会計システムの問題点についてお話をされました。

   私の発表では、若手医師数が引き続き減少し、病院収入は毎年増えているにもかかわらず、運営費交付金が大幅に減らされて赤字病院が増えていること、そして、大学病院の本来の機能である教育・研究や地域への医師供給に支障が出ていることを示しました。昨年7月20日の朝日新聞「私の視点」に投稿した内容が再確認された形です。

    トムソン・ロイター社(旧社名トムソン・サイエンティフィック社)が提供しているWeb of Scienceなどから分析すると、わが国の国立大学医学部(基礎医学と臨床医学)の国際的論文数が頭打ちとなってやや減少傾向を示し、地方大学では明らかに低下しています。特に低下の著しい11大学のカーブを見ると、緊急を要する異常事態が起こっていることが感じ取れます。実はこの11大学のうち7大学は法人化前(03年)の論文数が国立大学の中で12~21位までに入っており、地方大学の中でもがんばってきた中堅の大学なのです。

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presen2.2.jpg    <図1:拡大図はこちら>              <図2:拡大図はこちら> 

   また、法人化後の日本全体の臨床医学分野の論文数は低下を続け、一方、英国、米国は着実に増加し、また、中国は急激に増加し、わが国の国際競争力がどんどん低下している状況が読み取れます。現在でも、国内の製薬会社が開発した新薬の治験が海外で行われ、まず海外で販売が開始されるなど、医療産業の空洞化が問題となっていますが、これにますます拍車がかかることでしょう。

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    <図3:拡大図はこちら>               <図4:拡大図はこちら>  

  政府関係会議の国立大学法人化の方針は、「競争原理」、「成果主義評価」、「選択と集中」、「傾斜配分」というキーワードで示され、それに予算の削減が加わっています。民間企業の研究所では、研究者は研究に専念していると思いますが、医学部の臨床系教員は、研究や教育とともに診療(民間企業で言えば営業)や地域社会貢献も同時にやっています。民間企業が、もし研究開発で国際的に優位に立とうと考えた場合、果たして研究者の数を減らし、研究時間を減らして営業に回し、研究所への予算を減らす戦略を取るでしょうか?まず、研究者の数、研究時間、研究所予算などのインフラを確保した上で競争原理や成果主義を導入するのではないでしょうか?

  医学医療分野の学術論文数が減少したのは、大学の教員が怠けているからではなく、海外の大学に比較して圧倒的に少ない人数で診療業務に追われながら、いわば“竹槍”でぎりぎりまで戦ってきた限界を超えたと考えるべきでしょう。そのような状態に競争原理や成果主義評価を導入して、成果が下がったから交付金を削減するというような鞭を打てば、状況はますます悪化します。

  次のブログでは、このような医学医療分野の国際競争力の低下が決して特殊なものではなく、早いか遅いかの違いだけで、他の分野でも起こる可能性が高いことをお話しましょう。