- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

人類のふるさとアフリカ

初めてのアフリカ訪問である。アフリカに出張を命じられた若い医師のお母さんが「メ」と「フ」を聞き間違え大喜びしたが、後でアフリカだったことを知り大いに落胆したという話を聞いたことがある。今回、事務職員に随行を求めたところ誰も行きたがらない。少ない負担で世界を知る機会を、アフリカと聞いただけで回避する。それがわれわれ日本人の多くが自らの祖先の地であるこの大陸に抱く印象であろう。しかし、アフリカは大きな大陸であることを知らなければならない。北アフリカはアラブ系のイスラム教徒が多くを占め、ホワイトアフリカとも呼ばれる経済的にも安定した地域である。サハラ砂漠以南をサブサハラと位置づけ、黒人中心の国家でブラックアフリカと呼ばれている。サブサハラでも南部アフリカはまた少し違っている。今回訪問したザンビア、南アフリカ共和国は灼熱の大地ではなかった。7月は南半球が真冬であること、それに高地でもあり涼しいから寒い国々であった。先入観にとらわれすぎると大きな間違いを起こすことのよい教訓である。

今回訪問した両国は政治的、経済的に比較的安定した国家であるが、それでも先進諸国とは比べものにならないぐらい貧富の差が激しい。貧民街での衛生状況は悪く、感染症や栄養失調の子供たちは多い。慢性化する子供たちの背景にはエイズがあるといわれている。アフリカへの世界からの援助が行き届いていないことにも憤りを感じる。一部の人の搾取によるとの話も聞く。問題解決に向けて最も重要なことは子供たちへの教育の徹底であろう。時間が必要だが20年後に期待しよう。

ザンビアで医療ボランティアを展開している60歳代前半の山元香代子先生(自治医大卒業)に教えられた。3ヶ月日本で診療して資金を獲得し、それをもとにザンビアの僻地医療を展開している。実に志が高く実行力のある女医さんである。それに若々しい。後に続く医師たちが育って欲しいと願っているが。

援助の継続性の難しさも痛感した。ザンビア大学農学部の建物は40年前にカナダの援助で建築されたとのこと。しかし、現在ではカナダの影はどこにも見えない。医学部の建物の一部は30年前にJICAの援助とのこと。日本の影も薄くなっているようだ。それに変わって中国が前面に出てきている。大学のキャンパス内には孔子学院があり、中国の援助によるがんセンターが建設中である。町を歩く中国人も少なくない。国家戦略を強く感じる。一国に影響力を持ち続けるためには継続的援助が必要であるがそれには国家に介入が必要であろう。

山崎豊子作の「沈まぬ太陽」の最後の文章「何一つ遮るもののないサバンナの地平線へ黄金の矢を放つアフリカの大きな夕陽は、荘厳な光に満ちている。それは不毛の日々に在った人間の心を慈しみ、明日を約束する、沈まぬ太陽であった。」今回の訪問で見たザンベジ川やサバンナに沈む巨大な夕陽はまさに人の心に勇気を与えてくれる。

アフリカとアフリカに住む人々に明るい未来が開けることを信じる旅であった。