- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

何とかなるさ

今年度直木賞作品である桜木紫乃さんの「ホテルローヤル」を読んだ。最近の直木賞作品はあまり面白いと感じていなかったので、書店でのパラパラめくりの立ち読み程度でやり過ごしていたが、たまたま学会や研究会の座長のお礼で頂いた2000円の図書カードが数枚貯まっていたので、大げさであるが清水の舞台から飛び降りたつもりで購入した。
しかし、桜木さんの受賞でのコメントは出色でした。実に表現力豊かで笑いのセンスにあふれた人で、大いに親しみを覚えると同時に好きにもなりました。中学生時代に親の経営するラブホテルの手伝いで部屋の掃除に入って、あまりの汚さに「大人って、身体を使って遊ぶんだなーと思った」と話している。大笑いをした。主婦と作家業の兼業で「頑張って続けていれば必ず何とかなると、子供たちに言葉でないところで伝えられてうれしい」とも語っている。子供達にとっての最高の家庭教育であろう。そして、彼女は「一生懸命生きている人から「幸せ」とか「不幸」という言葉を聞いたことがない」とメッセージを社会に発している。素晴らしい地域での教育である。子供たちが豊な人間として育っていくには、学校、家庭、地域が一団となった取り組みがあって初めてできることであろう。

「一生懸命やれば何とかなる」考え方は伊勢人の特性ではないかと解くのが本居宣長記念館の吉田悦之館長である。「宣長の人生を俯瞰すると、運に恵まれ完璧なように見える。しかし、それは宣長自身が些細な事に対しても、倦まずたゆまず周到な準備をし、その上で『何とかなる』と早急に結果を求めず、500年、1000年先に自分の功績が理解されればいいと長い目で向き合ってきた結果だ」と述べています。 この考え方は松阪商人で、三井財閥の創始者である三井高利の行動にも見ることができるのではと話す。

「レット・イット・ビー」は1970年に発売されたビートルズの名曲である。ビートルズ世代の私には実に印象深い曲である。大学卒業前の進路選択に迷いが一杯の時期に大ヒットした。「何とかなる」と思うと気持ちは大いに楽になったものである。その15年後ロンドンに3ヶ月間滞在した時、郊外の大学宿舎で週末ごとに学生が集まって酒を飲みながらこの歌の大合唱であった。しばしば私も一緒に歌ったものである。
当時のイギリスの若者がこの歌をどうのような気持ちで歌っていたのか? 作詞、作曲のレノン=マッカトニーがどのような気持ちを歌ったのかは別にして、その時の私には学生たちの歌声が退廃的に聞こえた。9月のロンドンのどんより曇った毎日で、3時過ぎには暮れる気候のせいだったかもしれないが、彼らの気持ちの中には希望が見えなかった。

「あるがままに」は曖昧な言葉である。一生懸命やれば「何とかなる」という能動的な意味合いと「どうせなるようにしかならないのだから,今さらじたばたしたってしょうがないじゃないか,いさぎよくあきらめよう」との否定的メッセージがある。
私は「何事にもベストを尽くそう。そうすれば結果がついてくることを信じて待とう」と「レット・イット・ビー」を解釈したいが、みなさんは如何?

「努力すれば何とかなるさ」はなんとかなった人だけが言える言葉であるとの反論もあるし、現実にはがんばってもどうにもならないと考える人は少なくないであろう。
「努力しなければ絶対に報われない」ことは確かである。
三重大学の教員、職員、学生の皆さん、努力の積み重ねが成果であることを信じて前進しましょう。