- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

人は移動する

先日、国立民族学博物館(民博)と日本経済新聞社主催の講演会「だから人類は地球を歩いた」を聞く機会に恵まれた。大阪万博の跡地にある民博が東京ではあまり知られていないのではとのことでの情報発信を目的として毎年新聞社と共同で開催しているとのこと。民博の教員による講演とパネルディスカッションである。規模は小さいが三重大学も東京、大阪で先端研究シンポジウムを開催して7回目となっている。大学教員による研究紹介で、三重大学を知ってもらうのに役立っている。 

およそ20万年前にアフリカ大陸で旧人より進化したわれわれの祖先は7万年程前にアフリカを出て、全世界に広がったとされている。その集団は数百人程度ではとも考えられている。なぜ移動する必要があったのか? 本当のところは解らないが、それを想像するのは大きな夢がある。戦後間もない頃、江上波夫氏の日本国家成立の起源として唱えられた騎馬民族国家説に多くの国民が心躍らせた。その信憑性は高くないが、夢を抱かせてくれた。考古学とは自らの仮説を説明するのに都合の良い事実を如何に多く集めるかに係っているのではと考えるが、こんなことを言うと考古学者に叱られそうである。しかし、われわれの遠い祖先に思いをはせるのは感性を揺さぶる。学問や研究がそこから出発すればよい。 

人の集団の移動には経験的移動、計画的移動、偶発的移動、それに特に理由もなくなんとなく移動するなどがあろう。われわれの祖先の小集団が全世界に広がったことを考えるとき、移動することが大好きな種族であり、文化とさえいえるものがわれわれの遺伝子に組み込まれているのではと想像したりもする。

ミトコンドリアDNAの解析によれば、アフリカを出た小集団はヨーロッパやアジア、さらにオーストラリア、アメリカ大陸へと急速に拡散していった。日本列島にも最速1~2万年のスピードでやってきたことになるし、アメリカ大陸に到達した人類は、わずか1000年程度で最南端に到達したと考えられている。数百万年単位の原人や旧人の拡散に比べると、このグレートジャーニーと呼ばれる人類拡散のスピードは目覚ましいものだった。これには人の好奇心だけではなく、現代のモータリゼーションに相当するテクノロジーの発達があったのではと勝手に想像する。何の根拠もないが船と航海法を手に入れたのでは? 

気候変動や人口増加、集団間の対立などの問題が生じて、その結果押し出されるように移動する外的要因があったにしても、危険を承知で集団のなかの好奇心に満ちた、勇気ある人々が、新しい土地へ率先して出て行ったことは想像できる。ある者はフロンティアへ集団を率いて旅立った。その結果として、内側から沸き上がる未知への好奇心、非日常を体験する喜び、ツーリズムに魅力を感じる心理などを私たちの特性として確立していったのではないかと考える。 

日本の若者の海外留学志向が著しく減少している。多くの理由が考えられるが、未知への好奇心が希薄となり、移動行動をとらなくなっているのも一因であろう。この気持ちを取り戻さなければ、急速に進む世界のグローバル化の中で日本の将来展望は開けない。 

先日ブラジル、サンパウロで南米三重大学同窓会が開かれ、それに参加する機会に恵まれた。彼らの勇気ある行動とその志に心を打たれ思いを次回に記す。三重大生諸君、乞うご期待。