- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

科学について

 現代において科学の本質が大きく姿を変えてきているようにみえます。純粋に知的好奇心を満たすだけのものではなく、「お金を生む木」としての認識が科学そのものを変貌させています。その上、科学は経済との結びつきのみならず、国家との結びつきも著しく強めています。科学技術は国家の強さを示す大きな指標となり、その水準の高さは21世紀をリードするにふさわしい国であるとの評価につながるようになってきています。大学も法人化後大きくその方向に向けて舵を切りました。10数年前は、産学連携は罪とまで考えられた時代から今や産学連携は大学の経営を維持するのになくてはならないものになりました。確かに科学技術の優位性は日本人の自信や活力にも繋がり、明日への元気を生み出してくれたのも事実です。それを1949年の湯川秀樹博士のノーベル賞受賞にみることができます。このニュースは敗戦・占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えました。そのことが、世界のどの国よりもノーベル賞を高く評価する一因ともなっています。

 純粋な科学的興味から研究を進めることは、国家戦略とは全く関係なく行われていました。20世紀になって、科学に経済的、産業的価値が見いだされるようになって、科学技術で国を引っ張るといった考え方が生じてきました。そのため、現代の科学は国の繁栄や経済の発展という国家的金儲けに走ることになってきています。本来、科学は国家のものではなく人類すべてのものであるはずです。一昨年のノーベル物理学賞と化学賞を受賞した4人の日本人はまさに本来の科学を具現した偉大な研究者で、それを選んだノーベル財団の世界に対する一つの警告とも考えられ非常に興味深いところです。

 20年以上前に大英博物館の医学展示室の入り口にあるペニシリン発見の動機となったフレミングの顕微鏡スケッチに感動したことを鮮明に記憶しています。カビのまわりのブドウ球菌コロニーが解けているのを正確に画いていました。何百万人もの人を救ったペニシリンが1928年のこのとき発見されました。彼の実に鋭い洞察力に驚かされます。
 その10年後にイギリスの病理学者フローリーと生化学者チェーンらによって、はじめて粉末状に分離され、大量生産の道が開けました。強靱な思考力と的確な判断力の勝利です。
これを最初に臨床応用したのがオックスフォード大学ナフィールド整形外科センター(Nuffield Orthopaedic Center, Oxford)の整形外科スタッフでした。骨髄炎(骨の細菌感染症)に対してペニシリンを投与します。1例目は失敗しますが、見事に2例目で大成功を収めます。たくましい忍耐力により導かれた結果です。そして第2次世界大戦の間に瞬く間に全世界に拡がり、数え切れないほどの命を救います。これぞまさに偉大なる人類への貢献です。フレミング、フローリー、チェーンの三人はペニシリンの発見と実用化によって1945年にノーベル医学生理学賞を受賞しましたが、最初に臨床応用に成功したスタッフ達は人々の記憶の彼方に消え去ります。臨床医学や科学研究の成果は特定の個人に帰結するものではなくチームに与えられるべきものがほとんどです。その研究に携わった全ての人が、それぞれの立場で対等に意見を交換し、専門知識や技術を生かしあうことによって後世に残る結果が得られるでしょう。

 先日、山海嘉之先生(筑波大大学院教授)の講演を聞きました。介護ロボットスーツ「HAL」の開発から成功までの経緯とその機能の優秀さを実演でも示しながら自慢するでもなく実に楽しそうに話してくれました。素晴らしいものでした。ロボットスーツですので工学部と医学部の連携(医工連携)が必須ですが、それに製作企業が加わった産学連携の偉大なる成果です。このロボットが身体障害者はもとより多くの高齢者の社会貢献に希望の輝きを与えてくれるものと信じたいものです。
 先生の連携研究の成功は「夢」とそれに向かって進む「勇気」に共同研究者が引っ張られたのでしょうか。相手の話をじっくり聞き、ディテールにこだわりすぎない性格が相手に信頼と安心感を与え共同研究が前に進めたのではとのことでした。失礼をお許しいただくと「山海」という名前の通りに、「山」と「海」の見事な融合が「HAL」を生み出したのでしょう。これからはもう一段高みの「空海」の融合を目指して曼荼羅の中の宇宙に迫って、「super HAL」ができることを祈っています。