- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

独自性と独創性

 平成23年度の予算案が国会で審議されています。当初は国立大学関係の予算の大幅削減が予想され、われわれ大学関係者を大いに慌てさせました。削減分の一部は政策コンテスト(競争による)で高い評価を得た事業に予算措置をすることになり、その評価に事業内容に加えてパブリックコメント(国民の声)を重視することになりました。「国立大学を支援すべし」とする実に多くのコメントをいただき、その声は23万件を超え、圧倒的多数で国を動かす大きな力となりました。このことに協力してくれました教職員、学生、さらには学生のご父兄、大学に格別の理解を示していただいた一般の皆様方に心より御礼申し上げます。

 独自性や独創性は大学の研究にとって最も重要なテーマです。三重大学でそれらを創生しなければ大学の活性化はあり得ません。

 まずギリシャ文明を例に取り上げます。この文明は歴史上際だって独自性と独創性に溢れています。しかし、この文明が他の文明と独立して突然出現し自己完結したわけではなく、メソポタミア、エジプトに栄えた古代オリエント文明の流れを受けてエーゲ海の海辺に勃興してきました。チグリスユーフラテスやナイルの河で発達した造船術や航海術やその他多くの技術が次なる海の民に引き継がれてエーゲ海へと展開しギリシャ文明の礎となったものと考えられます。特にチグリスユーフラテス川流域とその近傍から世界最初の作物と家畜、車輪をつかった輸送法、銅、青銅と鉄の製造法が伝わりました。町と都市、首長制と王制、体系化された宗教も生み出され、そうした全ての要素がギリシャに伝わりこの文明が発達したと考えられています。そして、エーゲ海から地中海に出てローマへとギリシャ文明の真髄が伝播し、ヨーロッパ全土へと拡がっていくのです。
 歴史とは、人が移り動き、その課程の中でおこる文明の興隆と崩壊そのものです。歴史上、ギリシャ文明がどうして他に類をみない独創性を発揮してきたのか。彼らが常に外に目を向け、他文明との交流を通じて自らのアイデンティティーを意識したことが大きな要素であったと考えられます。そして自らの拠りどころを軍事力ではなく言葉や文字という文化的要素に求めたことも彼らの独自性を際立たせる結果となったのでしょう。これは現代にも通じることです。三重大学の教職員、学生の皆さんが常に外部との接触を緊密にし、情報交換の中で自らのアイデンティティーを確立し、それを教育、研究に活かす強い意志が独自性や独創性を創生することになるはずです。
 文明の崩壊を招く潜在的な要因についてジレッド・ダイアモンドは文明崩壊(原題はCollapse How Societies Choose to Fail or Succeed)の中で記しています。環境被害、気候変動、近隣の敵対集団、友好的取引相手、そして環境問題に対する社会の対応の5要因を挙げています。
 これを大学に当てはめてみますと、教育研究環境に関する予算は削減され、状況は悪化の一途をたどっています。まさにダイアモンドの言う環境被害に相当するでしょう。この被害が崩壊にまで至るとすれば、それは大学の構成員の並はずれた無思慮、無理解によると考えられるでしょう。運営費交付金の削減に対して、自己改革を放置したり、集約化の議論を無視することはそれに繋がりかねません。それらの変化の周期がわれわれの在任期間に比べはるかに長いことも問題を複雑化しています。少し良い時期が続くとそれが恒常的な状態であると誤解してしまい、改革への努力がなされなくなります。
 教育研究環境改善のための資金獲得は極めて競争的になっています。それぞれの局面での競争相手と友好的取引相手を的確に見分けなければなりません。それができなければ、これまで友好関係にあった大学、企業、行政、果ては市民のメリットを無くし、支援を失うことになります。これらのことを明確に意識して、課題に対して積極的に取り組むことが大学の崩壊を防ぐことになります。崩壊とはいささか大げさに聞こえるかもしれませんが、グローバル社会での企業の対応を目の辺りにすると大学だけが無条件に回避できるとは思えません。

 不適切な条件で人々が最も頑迷にこだわる価値観は、逆境に対する過去の成功体験でしょう。ある局面で成功を導いた社会的結束が、一方では足を引っ張ることになります。昔の栄光の呪縛から脱却できずに、リスクをおかさなくなります。リスクをおかさないのが最大のリスクになっていることに気づかずに。いや、気がついていても、一歩前に進む勇気が持てなくて。あの輝けるギリシャが21世紀の3流国です。踏み出すことをやめることはできません。