- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

真の「居心地のよい社会」を求めて

 明けましておめでとうございます。2011年も三重大学の佳き伝統である教員、職員、学生の一体感を強くして、さらなる躍進を目指しますので、同窓生、ご父兄、市民の皆さんのご支援をお願いします。

 日本の若者の海外熱が急速に冷めてきている。その証拠に海外への留学生数の落ち込みは著しい。2001年130,000人以上いた海外留学生は2009年には92,000人に減少している。アメリカへの留学をみてみると、日本からの留学生はここ15年で半減しているが、インド、中国、韓国の留学生は倍増している。特に大学院生の留学が約20%と他国の50%程度に比し極めて低い。
「なぜ海外に留学しないのか」との問いに対して「学ぶものがない」「就活に不利となる」などの答えが返ってくる。それは言い訳に過ぎないと思う。自分だけの小さな研究領域ではそのようなこともありうるが、世界の多くの研究者と議論を戦わし競争することに大きな意味があることは誰でも知っている。学ぶことはいっぱいある。グローバル化した社会で競争相手がわが国だけではないことをひしひしと感じている企業もまた、執行部に多くの海外駐在の経験者を配置し、世界の市場を相手にしている。留学経験は将来のキャリアパスに有利になるはずである。
 
 以下のような報告もある。「今の会社に一生勤めようと思っているか」に対して「そう思う」との答えは、2000年の20.5%から2010年には57.4%と3倍近く増加した。一方、「社内で出世するより、自分で起業して独立したいか」で「そう思う」と答えた新入社員は、2003年の31.5%から2010年の12.8%へと半減しているとのことである。能力を生かせると思える環境に安住し、自分で独立してさらに飛躍しようなどとは考えなくなっているのが現状であろうか。競争を好まず、終身雇用が望ましいと考える社会背景の中、ベンチャービジネスが成功しがたいとの意見もあるが、現在のトップ企業の多くがもとを正せばベンチャーで成功を収めた結果であることを考えるとこれも正しくない。やはり単なる言い訳としか写らない。若者よ、自分を無理に正当化することを止めて、世界に羽ばたこう。

 咋年のノーベル化学賞受賞者である米パデュー大特別教授の根岸英一さんは「日本はすごく居心地のいい社会なんでしょうけれど、若者よ、海外に出よ、と言いたい。たとえ海外で成功しなくとも、一定期間、日本を外側からみるという経験は何にもまして重要なはず」と述べている。そのことを自ら実践し、成功を勝ち取った人の言葉は重みを持っている。

 「いごこち(居心地)」という何とも曖昧であるが、使い勝手のよい表現方法をわれわれ日本人は知っている。まさに、漢字のとおりそこにいるときの心もちの意味であるが、多くの局面で使用できる便利な言葉であろう。居心(いごころ)は同義語であるが、これは江戸末期から明治時代に使われていたと広辞苑にある。ある場所の居心地よさ、その中には「座り心地のよい椅子」などのように限定されたものから空間全体が醸し出す居心地のよさまで実に大きな拡がりを持っている。人間関係のなかでもよく使われる言葉である。居心地のよい会議もあるし、何となく居心地の悪い集会もある。日常で「心地」の置き所に窮してしまったり当を得たりという場面によく遭遇することは誰でも経験することであろう。

 ではなぜ、今「いごこち」が問題になり、そのことを強く意識しなければならなくなったのか。根岸さんは、「米国で博士号を取得して帰国すると、日本には自分を受け入れてくれる余地はまったくなかった」とも話している。この閉鎖性と「すごく居心地のいい社会」は表裏一体の関係にある。違ったものを受け入れがたく、対極との議論を避け、同一性を好むことは現代のグローバル社会の中では生き抜いていけないことを認識しなければならない。根岸さんの言葉から約半世紀近くが経過しているが、「閉鎖的居心地のよさ」を求める傾向は益々増大しているのではと感じる。

 海外に行ってみると「元気のない日本」が目につく。皆が「景気が悪い、景気が悪い」と声を上げる。経済状態はよくはないが、世界を見わたしてみると特別に悪いとも思わない。誰かが経済がよくないと叫べば、本来の意味である「景気のいい若者」まで萎縮してくる。この日本を覆う閉塞(へいそく)感を払拭(ふっしょく)するのは政治や経済ではなく、大学よりの夢のある教育研究の情報発信であると信じている。そして、そのことにより真の「居心地のいい社会」の意味が明確になってくる。