- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

われわれはどこから来て、どこへ行くのか?

 われわれの祖先は5-7万年前に中央アフリカ東部のサバンナを出立して、全世界に拡がったと考えられています。500―600万年前に直立2足歩行をはじめた時を人類の最初とすると、われわれの祖先に行き着くまで恐ろしく長い時間をその進化のために要しています。しかし、その後の進化や発達はそれまでと比べるとビックリするほど短い時間での変化です。アフリカを飛び出した天才的小集団は(遺伝子解析では数人の母親にたどり着くともいわれています)、しばらくアラビア半島に止まり、東へ進む一団と、北上する一団に別れます。東への人々は主として海沿いをアジアへと拡がります。その後、一部はオーストラリアへ移り、オーストラリア原住民アボリジニーに原型に近い姿を止めています。別の集団は北上した後、また東へ進み氷のベーリング海をわたりアメリカ大陸にたどり着き、今度は南下し大陸全土に広がっていきます。北上した人々はコーカサス山脈を越えて中央アジア平原に入り、一部は西のヨーロッパへ、一部は東へ向かい北アジアで南より北上した人々と合流し、アメリカ大陸へ向かったのではと推定されています。僅か4-5万年で人類が全世界に拡がっていたと考えられます。食料を求めての旅ではあったのでしょうが、彼らは未知の世界に勇敢に突き進んでいきました。これがわれわれの祖先が最初におこした人類発展の爆発的かつ偉大な躍進でした。このようなことが考えられるようになったのは遺伝子解析による集団遺伝学の成果です。
 そして世界各地に拡がった人々は、肌の色、身体つき、顔つきなど、様々な見かけ上の違いを現していきます。そこに住む人々がそれぞれ異なる自然環境に適応していった結果として生じたものだったのでしょう。特に太陽の光、言い換えれば紫外線と皮膚の色はおおきな関係があると考えられています。赤道付近で暮らす人々の肌の色が濃いのは、強烈な紫外線から身を守るために皮膚のメラニン色素が増えたためで、そうでなければ多量の紫外線により皮膚に悪性黒色腫(皮膚癌の一種)を発症し、長くは生きられません。現代でも、オーストラリアやアメリカの白人が多くの紫外線を浴びるとこの癌が発生しやすいといわれています。一方、北方の紫外線の少ない地方では、メラニンの少ない白い肌で紫外線の吸収効率を良くし、皮膚でのビタミンD合成を活発にし、生体バランスを保ちます。黒い肌のままですと、ビタミンD欠乏症のくる病や骨軟化症となり、代謝調節が効かなくなりそのまま放置しておくと長生きできません。自然環境や生活環境が人間の外観上の変化を起こしたのだと考えられています。ヒトの外観上の変化は想像以上に急速です。戦後60年の生活習慣の変化で日本人の見かけがかなり変わってきたと感じている人は少なくないと思います。現代の人類の行動様式をみていますと、これから数万年もすれば頭ばかり大きくて手足が退化したおかしな見かけになっているのではとの不安さえ感じます。しかし、現代人の各集団間の遺伝的な違いは、この見かけ上の違いから受ける印象と比べてずいぶんと小さなものでしかありません。
 1万年から1万5000年前頃にわれわれの祖先は狩猟採取生活を捨て定住生活への道を選びます。このことは世界のいずれの地域でも同時に起こったと考えられています。その原因は何だったのでしょうか。地球の温暖化によるのではと考える説が有力です。ちょうど最終氷期となり、気温が上昇してきます。植物の生育が旺盛になり、一カ所に定住しても十分な食料の確保が可能となってきたのではないでしょうか。その中で農耕が発達します。自らの食料を確保するために作物のもととなる種子や球根を植え、育て、継続的に生産をあげるという素晴らしい技術革新を成し遂げます。これこそがイノベーションとなり、次の大躍進につながります。
 農耕により居住できる場所の選択肢は増え、飛躍的に人口密度が増加することになります。動物の家畜化が進みます。食料の安定化を促進すると共に労働力としても大いに貢献してくれるようになったでしょう。しかし、それに伴って定住農耕社会に負の側面も浮き上がってきます。飢饉や疾病の増加と階層化です。作物の栽培が限定されてくると干ばつや寒冷などの気候変動や洪水などの自然災害により飢饉が発生するようになります。人口密度が増し、家畜との接触が増えることにより伝染病などの疾病も増加してきます。社会の階層化が明確になり、階層間のいざこざは戦争へと発展していくこともありました。負の部分を差し引いても、われわれの祖先は定住農耕を放棄することをしませんでした。毎日夕食の材料を求めて山野をさまよい野生動物を追い求める生活を考えると、現在の楽な環境から離れることはできなかったものと思われます。

 これまで想像もしないような速度で人類は世界中を移動し、情報は信じられないスピードで世界を駆けめぐる時代の到来、このグローバリゼーション革命が第3のビッグバン(大躍進)となる予感を感じます。世界は標準化し、人類の全てが地球人であり、誰もがどこにでも住める社会の到来です。それは素晴らしいことですが、一方では地域固有の文化が消失し、これまでの歴史が忘れ去られ、そのため人としての多様性の一面が確実に失われていきます。新たな地球人とは黒人、白人、黄色人種の混血でしょうか。その代表はタイガーウッズです。彼の顔が一般的となる時代がくるかもしれません。
 日本はと振り返ってみますと、地域の疲弊が叫ばれていますが、実は地域社会が無くなってきているのです。どこもが都会化して、わが国全体が同一化しているのです。日本人全体、特に若い世代の皆さんが同じような顔立ちで、同じような服装で画一化されつつ有ると感じるのは私だけでしょうか。
本年10月に名古屋で生物多様性に関する国際会議、COP10が開催されます。生物の多様性確保の議論が真剣に行われますが、その中に人類が人間としての多様性を確保するための話し合いは行われるのでしょうか。