- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

明日に向かって

 病気を乗り越えて、自らの夢の実現のために明日に向かって強く歩み始めている若者は少なくありません。そんな素敵な人が自分の身近にいることを知って、「いかに生きるか」を考えて欲しいと願っています。それが三重大学の教育目標である「感じる力」、「考える力」、「コミュニケーション力」、を総合した「生きる力」の涵養に役立つと思います。文字だけでなく、眼や耳や皮膚などをからのあらゆる情報メディアを通しての知識を駆使して生きるすべを常に考えるのが「現代の教養」ではないでしょうか。

 骨のがんで10歳代の子供がかかりやすいのが骨肉腫という病気です。骨肉腫を乗り越えた素晴らしい子供達の物語です。10歳の誕生日を迎えた頃に骨肉腫がみつかった少女がいました。ご両親と相談の結果、まだ幼いとの理由で病気のことは本人に告知しないことにしました。甘えん坊で泣き虫でしたが、治療がはじまると別人のように苦しい苦しい手術や化学療法に耐えてくれました。約1年に及ぶ治療は成功しました。その後の外来診察は、私の三重への転勤のため経過をみることができなくなりました。医師の勤務移動は自分の手術した患者さんのその後をフォローできなくなる心苦しさを生み出します。あの患者さんは元気で生活しているのだろうか、何か不都合がないだろうか、ふとした時に不安が心をよぎります。しかし、ほとんどの患者さんについては、後輩の医師からの定期的な便りがありました。彼女も元気でいるとの知らせで安心していました。その彼女が突然三重大学病院に訪ねてきてくれました。20歳になったので病気のことを私の口から直接聞きたいとのことで母親と一緒に来院しました。10年振りにみる彼女は国立大学の薬学部の学生で、見違えるように落ち着いた美しい女性に成長していました。そして、今回が初めての病気についてのインフォームドコンセントとなりました。これまで薄々は感じていたのでしょうが、私の口から出た言葉はやはり彼女にとって残酷なことだったのでしょうか、ときおり涙ぐんで聞いていました。少し沈んだ顔で大阪へ帰って行きました。どのように乗り越えてくれるか心配ではありましたが、1ヶ月ほどして彼女より手紙が届きました。その中には次のようなことが書かれていました。「色々なことをありのまま話していただいたことは嬉しかったです。事実を知りたいと思っていましたから。でも同時にとても怖かったです。怖いという気持ちの方が勝っていました。明日の自分が今日の自分と同様に生きているのかとの問いが急に目の前に現れ、自分にのしかかってきました。将来を考えるという行為は、今の自分が確かに未来でも存在することを無意識のうちに前提にしていますが、その前提がガラガラと崩れるような気になり、恐怖感に襲われました。しかし、今、私がここにいるのは自然の摂理に逆らった奇跡だとも思いました。死ぬはずの人間が医療やその他もろもろのことによって「生かされた」奇跡だと。そして、こうして生かされることをとても感謝しています。生きていて幸せです。薬の世界で研究者になって、生きられる命を増やすことが私の夢です。その前に涙腺がゆるみやすいのを何とかしたいと思っています。」これを読んだ時の私の嬉しさは言葉では言い表せませんし、素敵な人間になっている彼女を実感しました。

 ある時、15歳の女の子が私にそっとささやいてくれました。「病気になる前の自分は好きでなかったが、今の自分はとっても好きなので大切に生きたい」と。苦しい治療を乗り越えてきた自信と、未来を希望あるものに自ら築き上げる意欲に満ちあふれた顔でした。15年後の現在、彼女は2児の母であり理学療法士として家庭と仕事を両立してくれています。消息は年に一度の年賀状ですが、毎年のように家族が増えているのも嬉しさを2倍にも3倍にもしてくれます。

 骨の腫瘍のため12歳で足の切断を余儀なくされた女の子は義足をつけての生活となりました。一生懸命上手に歩こうと努力し、2年もすると、診察室に入ってくる彼女の歩行は全く普通になりました。高校を卒業する頃にはおしゃれな歩き方もするようになりました。長い足で他の誰よりも素敵な足取りでした。しかし、19歳になったとき父親の家業が傾き、それを支えるために不自由な足で朝早くから夜遅くまで働き続けました。そのため、切断端と義足が擦れて潰瘍ができ、痛みをこらえながらの仕事でした。その甲斐あって家業も回復し、優しい男性とも巡り会うことができました。先日、男子出産、母子とも健やかであるとの知らせを受けました。私にとっても至福の時です。

 素晴らしい男の子もたくさんいます。化学療法の副作用である嘔吐のため洗面器を抱えながら受験勉強で見事に大学合格を果たした高校生、自らの病の経験を生かそうと医師や放射線技師となり活躍している人、報道関係で世界を駆けめぐっている人、技術者として、また営業マンとしていずれも不自由な手足ですが、それをもろともせずに前向きに仕事に挑戦しています。ただ一つ気がかりなのは、彼らの多くが女性に積極的でないためか、未婚であることです。やはり少しだけですが障害のあることが気後れとなっているのでしょうか。なんとしても家庭を持って、病気の中で勝ち得た人の強さを自分の子供達に伝えて欲しいと願って止みません。

 学生諸君は楽しい夏休み期間となります。友人や家族といろいろな企画を考えているでしょう。事故に気をつけて充実した時を過ごしてください。