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脳神経から辿る自閉症究明の道

2015.9.17

インタビュアー:広報室

今回は、医学系研究科 生命医科学専攻の江藤 みちる(えとう みちる)助教にインタビュー取材を行いました。

ナビインタビュー(江藤先生)

―ずばり、江藤先生は何の先生なのでしょうか?

江藤私は脳神経の研究を専門としていて、教員としては解剖学を教えています。解剖学では人間の身体に筋肉や神経、内臓などがどのようについているかや、筋肉と神経のつながり、心臓の血液の循環など、人体の構造について医学科の2年生と3年生に学んでもらいます。もちろんそこには骨学も含みます。2年生は主に講義で学んでもらい、3年生は4月から2ヶ月間、午後にほぼ毎日みっちり解剖実習を行います。

―実際にご遺体を解剖させていただいての勉強ということですね。最近ではバーチャルで人体解剖を学ぶこともできるようですが。

江藤そうですね。今は画像技術がすごく発達してきていますが、やっぱり生の経験にはかなわないと思います。血管ひとつをとっても、脂肪の間に走る血管の様子や血管を剥がす感覚、動脈は壁が厚く頑丈だなとか、静脈は壁が薄くてぺらぺらだな、という感覚はバーチャルではわからないところですよね。解剖といって切り刻むわけではなくて、「剖出する」って言うんですが、ピンセットで一つずつ丁寧に細い血管や神経を、余分な皮下脂肪などを取り除いて浮かび上がらせます。脂肪の厚さもご献体それぞれで全然違いますしね。あ、提供していただいたご遺体のことを「献体」と言います。

標本のおもちゃ

―やはり本物に触るということは重要なんですね。

江藤それ以外にも、解剖実習ではグループに分かれて約30体のご献体の解剖を一斉に行うんですが、学生は周りのグループの様子も見て回ります。そうすると、ご献体によっては人工関節が入っていたり大動脈瘤があったりと、通常でも触れる機会の少ない例に出会うことも多くあります。医師になってからも、専門医になって特定の部分を診ることがほとんどだと思うので、解剖実習は人体の全体の構造を知る非常に重要な機会です。日本の法律では死体に傷をつけることは許されていないので、それが許される特別な行為ということも認識した上で、頭の天辺から足の先まで、人体をしっかりと学んでもらいたいと思います。

―この実習で学生は初めて人体にメスを入れるわけですが、反応はどうでしょうか?

江藤初日はやっぱり精神的にも不安を抱えているように思いますが、実習の終わりではそれぞれが担当するご献体に親しみを持って接してくれています。2ヶ月間、ほぼ毎日お体を貸してもらうので、その間にいろいろと考えると思うんです。ご献体には必ずご家族がいらっしゃいますし。最終日には納棺式を行うのですが、みんながお小遣いでお花を用意してきてくれて、思い思いにお別れをすませます。実習を終えたあとの学生からは、知識ももちろんですが、精神面での成長をすごく感じますね。

―先生は脳神経の専門ということですが、どのような研究をされているのでしょうか?

江藤自閉症などの発達障害といわれる神経の異常から起きている病気について研究しています。最近は割りと多く、昔に比べて増えてきています。アスペルガー症候群などもそうです。もちろん病気が認知されてきたのもあるんですが、この病気は原因がよくわからないんです。多因子に原因があると言われていて。遺伝的な因子があると言う人もいるのですが、症例を見るとそれだけでは説明がつかないんです。私達の研究室では、お母さんが妊娠して胎児が発達していくときに、母体が外から受けた影響が赤ちゃんの正常な発達に、特に神経の発達に何か影響を与えているんじゃないか、という可能性を考えて、そこから自閉症を治す手がかりを探しています。

顕微鏡を除く江藤先生

―具体的にはどのような方法でそれを調べているのでしょうか?

江藤 サリドマイドという薬をご存知ですか?妊娠初期に飲んでしまうと赤ちゃんの手足が短くなってしまうという副作用が有名な薬なのですが、お母さんが飲む時期によっては、手足の異常は少ない代わりに自閉症のお子さんが多いという時期があります。胎児の発生のスケジュールはすごく厳密に決められていて、四肢ができる時期に薬が効いてしまうと手足が短くなってしまい、その時期をずれると今度は神経のほうに影響が出て自閉症のお子さんが生まれるという事実があります。私はそこに着目して、妊娠ラットに薬を飲ませることで、自閉症のモデルラットをつくりました。そのラットの脳の切片に免疫染色を行って、脳のどの領域の細胞や神経に異常が生じているか、モデルラットと正常なラットとで比べながら、何匹もの脳を顕微鏡でくまなく観察していくことになります。※抗体を使って特定のたんぱく質を染色し可視化させる方法

モデルラットの脳の切片

―脳全体を見るとなると、根気のいる大変な作業になりそうですね。

江藤もちろん、ある領域に見通しを立てています。自閉症の症状のひとつに、感覚過敏というものがあります。通常では気にならないような刺激に過敏に反応してしまうもので、服が擦れるのが不快な触覚過敏や光が異常に眩しく感じる光過敏などがあります。その中で、今、特に着目しているのが聴覚過敏です。これは生活音や環境音と言われるような、ザワザワと聞こえている音に不快を覚えるもので、感覚過敏の中でも比較的患者さんが多いんですが、研究をしている人が少なく、その原因がどこにあるのかあまりわかっていません。 聴覚神経は、耳から入ってきた信号が脳幹、中脳、視床を経て大脳の聴覚野に辿り着くルートがあるんですが、私はこの途中のところに異常があるんじゃないかと考えています。

―聴覚過敏というのは、アレルギーのような過剰反応ということでしょうか。

江藤 いえ、そうではないんです。アレルギーは免疫細胞が活性化しすぎて正常な細胞を攻撃してしまう反応ですね。感覚過敏は免疫ではなく、神経の異常です。神経はいくつもシナプスを乗り継いで中枢にたどり着くんですが、雑踏の中で会話を聞き分けられるのは、いったん中枢までいったものが指令を受けて戻ってきて、この情報は抑えましょうという判別を自然とやっているからなんです。これを「カクテルパーティ効果」と言います。いわゆる立食パーティの中で会話ができるか、ということです。神経には得た情報を信号にして送る細胞もいれば、逆にうまく信号を抑制する細胞もいる。例えば雑踏の中でも普通に話せますよね。実際はザワザワという音が聞こえているんですけど、頭のなかでシャットアウトするように神経が働いている。そういう調節がうまくできないと、「ザワザワ」も相手の話と同じレベルで入ってきてしまって会話が続けられなくなるんです。神経の機能不全という感じですね。

脳の地図

―自閉症による聴覚過敏の治療は難しいのでしょうか?

江藤 聴覚過敏などの自閉症で起きるいろいろな困ったことに対しては、専門医の先生方がその障害に向き合ってうまく解決しているようなのですが、聴覚過敏の原因自体はまだ不明です。私は「音源定位」ということから、これを解決できないかと考えています。音源定位というのは、音がどの方向から聞こえるのか判断する機能なんですが、聴覚過敏の方はそれが弱くなっているみたいなんです。となると、自閉症の方もそういうのも苦手としているはずなんです。 多くの病気にはガイドラインがあり、症状のチェック項目と照らして判断するんですが、自閉症に関していえば、音源定位についてはあまり書かれていません。音源定位に異常があると明らかにできれば、例えば「どの方向から音が聞こえているか判断しにくい」を自閉症の指標としてチェック項目にいれることができ、より明確な診断ができるようになります。患者さん自身も症状を理解しやすくなり、この例で言えば、周りの人には前に回って話しかけてもらうなどのアドバイスもできるようになります。そうなれば本人だけでなく家族や周りの人も心理的に助けられることが多いと思います。また、原因となる神経細胞が判れば関係する神経細胞の他の機能や働きを把握することができると思うので、それに応じたアドバイスも可能になると思います。

―先生の研究が実り、患者さんたちの状況が少しでも良いものになるといいですね。

江藤 自閉症は症状や強度が様々で、境界が曖昧で判断が難しく、困っている患者さんも多い症状です。治療は簡単ではありませんが、原因を突き止めることができれば、接し方だったり、他の部分でやれることが見つかるはずです。原因を追求して、少しでもその人たちの力になることができればと思います。

研究者情報


江藤助教近影

医学系研究科 生命医科学専攻 基礎医学系講座
助教 江藤 みちる(Eto, Michiru)

専門分野:神経科学、神経解剖学
現在の研究課題:
・胎生期における薬剤暴露と神経形態・機能発達
・神経ペプチドとストレスとの関連

【参考】
 医学系研究科HP http://www.medic.mie-u.ac.jp/
 教員紹介ページ(江藤みちる) http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/2649.html