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第六回授業紹介特別編 大学教員&日本オリンピック委員会強化スタッフの二足のわらじ⁉ 川戸准教授に突撃インタビュー!

2025.11.13

三重大学広報・渉外室インターンシップ生です!

未来の受験生の皆さんに向けた「おもしろ授業・実習紹介」、第六回も特別編として、教育学部の川戸湧也准教授へインタビューに伺いました!

川戸先生は大学教員のお仕事に加え、日本オリンピック委員会において柔道競技の強化スタッフとしても活躍されています。

前半は強化スタッフって何⁉という素朴な疑問からオリンピックの裏話まで、さらに後半は全学必修の体育の授業・「スポーツ健康科学」の話を中心に、体育と人間について熱く語っていただきました。

「体育の授業」が好きだった方も苦手だった方も、ぜひ最後までお楽しみください!

川戸先生

―日本オリンピック委員会強化スタッフをされているとのことですが、実際どのような仕事をされているんですか?

川戸:オリンピック委員会というと大会の運営をしていそうな感じがすると思うんですけど、トレーニングなど選手のフィジカル面を支えるスタッフもいれば、栄養面のサポートをする方など色々なスタッフがいます。僕は情報戦略のスタッフをしていて、具体的には、選手たちと一緒に海外の大会に帯同して、現地で試合の様子を撮影します。日本人だけじゃなくて全部の試合を撮るんですよ。そうすると、どの選手がどんな戦い方をするか、というデータベースができます。でも動画のアーカイブを作るだけではただの感想になってしまいますよね。それでは意味がないので、そこから映像を分析します。

 僕は柔道が専門で、どちらの選手が開始何秒で相手を投げたのか、何の技でどこを持って投げたのか、その時のスコアは「有効・技あり・一本」のどれだったのか、何秒時点で反則があったのか、などのデータを蓄積していきます。そして蓄積した内容と試合の勝敗を、映像に紐づけたデータを貯めていきます。そうすると、「あの選手はこういう戦い方を仕掛けてくる」「右組みの相手のときはこうするけど左組みのときはこう戦う」「フランス人選手とはこういう戦い方をするけど日本人選手とはこう戦う」というような違いが見えてきます。こういった選手の特徴ごとの戦い方の違いを、データの力で可視化するのが我々の仕事です。さらに1つの試合だけでは意味がないので、年間やオリンピックサイクル(4年)ごとに積み重ねていく、ということをやっています。

―映像の分析は目視でされているんですか?それとも機械学習的に解析されているんですか?

川戸:今のところはすべて手作業でやっています。機械学習で解析する場合、選手の関節を映像上でプロットするんですが、柔道では柔道着がたわむので関節の位置を正しくプロットできないんですよ。また、選手と選手が重なったときに、掴んでいるのかどうかをAIは判別できないという問題があって。現状のソフトウェアアプリケーションではその部分の解析が難しいので、基本的に人間の目で見て分析しています。

―スポーツだとある程度動きの形が決まっているので、結構AIなどを使って解析していらっしゃるのかと思っていました。柔道だと特別難しくて、ほかのスポーツでは解析に苦労しないという面もあるんでしょうか?

川戸:そうですね、柔道で可能になれば、おそらくどんなスポーツでもできるようになると思います。特に格闘技の中でも、おそらくボクシングやレスリングなら服装的に関節が見えていますし、またボクシングは打つだけなので、解析しやすいと思います。柔道の場合は服を着ている分、袖がたわんだりして映像上で関節のプロット位置がずれるので、なかなか難しいのかなと思います。開発に着手してはいるんですが、なかなかうまくできないところがあるので、まだ機械学習での解析には至っていない感じですね。

日本オリンピック委員会強化スタッフのお仕事中の川戸先生

―先生と同じような分析専門のスタッフの方は何名くらいいらっしゃるんですか?

川戸:昨年パリ五輪が終わって、体制が見直しのためにリセットされました。現在は11名ぐらいのスタッフが映像分析をやっています。重複して仕事している人もいて、例えば僕は全日本柔道連盟が発行している学術誌の編集とか、若手の部員に対する研究のアドバイスなどもしています。映像分析の仕事がすべてというわけではなく、重複しながらいろいろやっています。

―先生は柔道の情報戦略スタッフをされていますが、他にもそれぞれの種目ごとに同様のスタッフの方々がいらっしゃるんですか?

川戸:そうですね、僕の大学院の同期は女子バスケットボールのスタッフをやっていましたし、卓球のスタッフをしている知り合いもいます。サッカーや野球のようなプロリーグのあるスポーツだと、各球団単位でスタッフを抱えているなど、いろいろな形があるので少し違うかもしれません。でも、どの種目にもいらっしゃるんじゃないかと思います。

 アマチュアスポーツの場合はオリンピックがヒエラルキーの最上級にあたる大会なので、そこには日本オリンピック委員会やスポーツ庁、日本スポーツ振興センターなど色々組織が関わってくるので、国単位での仕事になる感じですかね。

―これまでにオリンピック委員会強化スタッフのお仕事をされてきた中で、試合の映像解析が役に立ったり、逆に予想外のことが起きたことなどはありますか?

川戸:一番役に立ったなと思っているのは、2016年のリオ五輪の時です。ベイカー茉秋選手が90kg級で金メダルを取ったんですが、準決勝で彼は中国人選手と対戦しました。その中国人選手は予選で過去の世界選手権チャンピオンを倒して勝ち上がってきていて、僕らは完全にノーマークだったんです。中国人選手はオリンピックに合わせて1個だけ必殺技を用意してきていて、それがバッチリはまって準決勝まで勝ち上がってきていました。その技をオリンピック以前の試合では使っていなかったので、マークできていなかったんです。でもその選手の、1回戦からベイカー茉秋選手と対戦するまでの全試合の映像データをその場で確認して、入り方や組手ごとのパターンなどを分析してコーチにフィードバックしました。選手を指導するのはあくまでコーチですが、分析結果を元に選手とコーチが対策を練ってくれて、結果的にその中国人選手に勝ってベイカー茉秋選手が優勝した、ということがありました。

 東京五輪の時はコロナの関係で僕らスタッフは中に入れなかったんですが、日本武道館と同じ敷地内の建物の会議室から遠隔でサポートしていました。遠隔なのでリアルタイムではなかったんですけど、何人か中に入れるスタッフもいたので、連携して映像を分析して選手へ返すということをしていました。コロナ禍で僕らスタッフも今までと違う戦い方を要求されていて、あの時は国内開催という地の利が大きかったので、そうした中でも貢献できたのはよかったと思っています。

―ほかにも強化スタッフのお仕事で印象深かった出来事はありますか?

川戸:仕事そのものよりも付随した出来事で印象的なものがあります。2016年のリオ五輪では、リオ周辺にファヴェーラというスラム街があるんですが、都市部に割と近いので大会開催にあたって治安や感染症の問題が話題になっていました。大会が平和に終わって帰り道に、高速道路でファヴェーラの近くを通ったんですね。そうしたらパンパーン!って音がして、運転手の方に「伏せて!」って言われて。「なんなんですか⁉」って言ったら「あれはマシンガンです!」って。

一同:えーっ⁉

川戸:映画だとドアで弾を防いだりしますけど、実際は貫通してしまいますから。下手したら車が爆発するんじゃ⁉と思いましたが、銃声が止んだタイミングで運転手さんが一気にスピードを上げて、そのまま通り過ぎて事なきを得た、ってことがありました。そういう銃撃戦に巻き込まれかけたことが、まだ活動し始めた当初、博士後期課程1年生の25歳くらいの時にあって。

 またイスタンブールで飛行機の乗り継ぎをした時にもハプニングがありました。当時ISが猛威をふるっていた時期で、試合映像の撮影のための馬鹿でかい荷物を持っていたら、「外国人がでかい荷物持ってるぞ」と空港で警戒されて。「止まれ、中身を見せろ」、「これはなんだ、何に使うんだ」と問いただされて、「撮影に使うカメラだ」って答えたんですけど、「撮影」を「video shooting」って言ってしまったんですよ。相手の空港スタッフも英語母語話者じゃないから「shooting」という単語が引っかかって、銃だと思われて警備の人に囲まれてしまって。でも飛行機の乗り継ぎの時間もギリギリだったので、警備の人がそっぽ向いた瞬間に荷物掴んで強行突破しました(笑)。

―各国飛び回っておられるとやはりそういうハプニングが......(笑)。

川戸:授業の中でもたまに学生に話をしてるんですが、たぶん銃撃戦に遭遇したことがあるのもテロリストに間違われたことがあるのも三重大で僕だけだと思うので(笑)。

 良かったことももちろんたくさんあります。僕たちスタッフは撮影カメラのための電源を探したり、椅子を借りられるか交渉したりするために、基本的に試合会場に前乗りします。でも選手たちは試合前に練習や調整をしたいから、まず練習会場に向かいます。なので別々に動くことになった時に、選手たちはバスがチャーターされてたんですが、僕たちスタッフの分はなくて。オーストリアの山の中の、バスもタクシーもない郊外の田舎で、会場まで8km(徒歩2時間程度)くらいの道のりをとりあえず歩き出したんですけど、機材も抱えていたので最初の30分でギブアップしました。無理だと思ったタイミングで居眠り運転のトレーラーに突っ込まれて田んぼにダイブして、完全に心が折れて。それで日本代表のジャージ着てヒッチハイクしてたら、1台の車が止まってくれて、会場まで乗せて行ってくれたんです。道中話をしていたところ、運転手の方が「お前ら日本人だろ?俺は天皇陛下に会ったことがあるんだ」と言い出したので、「本当かよ」と思っていたら、よくよく聞くとその人はウィーン少年合唱団出身の方だったんですよ。その後もその方が少し通訳をしてくれたり、旅の中で便宜を図ってくださったり、ホテルまで送ってくれたりして、そのまま名前も名乗らず帰っていったという......。そういう良い出会いもありつつ、やはりハプニングの方が印象が強いですね。

日本オリンピック委員会強化スタッフの方々日本オリンピック委員会強化スタッフの方々

―先生はいつ頃からこのオリンピック委員会強化スタッフのお仕事をされているんですか?

川戸:僕は大学3年の11月からインターンという形でやっていて、修士1年(2014年)の4月から正式なメンバーとして活動しています。

―現在でも学生でスタッフに加わって活動されている方はいらっしゃるんですか?

川戸:それが最近少ないんですよ。僕が当初このスタッフの業務に興味を持ったのは、先輩方がやっていたのと、学生のうちに柔道で海外に行きたかったのが理由で。でも学生ですから当然お金もないし、行く機会もない。どうしようと考えたときに、仕事にすれば行けるんじゃないかと思いついて。元々体育授業の研究で大学院にも進学する予定でしたし、柔道に関しての専門性もあるので、やりたいですと話をしてスタッフに加わりました。でもなかなかその後は国際情勢やコロナ禍の影響もあり、最近は若手が少ないというのが課題です。

―先生はいつから柔道を続けてこられたんですか。

川戸:小学生の頃からやっていて、大学時代も続けていました。ただ、選手として競技をずっと続けたかったわけではなく、大学の教員になって研究をしたかったんです。研究をするにあたって、「体育授業の分析」という軸をまず一つ持っていました。ですがもう一つ、当時の時点で15年以上続けてきた柔道があったので、それをわざわざ捨てる意味がないと思って。競技の専門として、方法論や理論の部分や現場のサポートをしていくことが将来自分の助けになるんじゃないかと思い、研究は研究で進めつつ、柔道の強化スタッフもやっていこうということで続けてきました。

―三重大の学生でも、もしチャレンジしたいと思えば強化スタッフに加わることはできるんでしょうか。

川戸:もちろんです。僕から委員会組織にインターンとして学生さんを推薦することは可能ですので、興味のある人がいればチャンスは開かれています。むしろ、柔道経験者ばかりだと思考が偏ってしまうので、そうではない、競技の経験がないような人をもっと集めたいと思っています。柔道やスポーツが好きで、そこに対して一ファン、一愛好者として関わりたいという強い熱意があれば、どういった人でも受け入れるという体制を今作ろうとしています。実際、今年12月に日本で国際大会があるんですが、そこには競技経験が全くない方が参加してくれそうな状況です。今後もなるべくいろいろな視点を持った人に参加してもらいたいと思っています。

―強化スタッフのご経験がこれまでに大学教員の業務に役立つことはありましたか?

川戸:2点あります。一つは経験自体がコンテンツになることです。国際大会の実務で大会の裏側もよく理解しているので、僕らの領域だと体育社会学や、オリンピック関連だと文化人類学的な観点と関連づけて話すことができます。また大会会場近くで銃撃戦やテロが身近に起きた話は、理念や政治的なイデオロギーに絡めれば哲学の話にもつなげて、授業のコンテンツとして使えるという部分があります。

 もう一つは僕の研究手法に関することで、僕のいくつかある研究テーマのうち、その一つとして「体育授業の分析」をやっています。例えば「良い体育の授業」があったとして、それは先生の話、子供の活動量、作戦タイム、移動や準備がどれぐらいの割合であるのか。多くの人から見た「良い授業」、もしくは先生の手応え的に「良い授業」が、どんな構造をしているのかを分析するといった研究をずっとやってきています。柔道の試合と体育の授業では分析対象やカテゴリーは違いますけど、分析をするという行為自体は共通していて僕の研究手法にもリンクしています。なので、一方の研究がもう一方の研究において、新しい手法の開発や、研究の幅を広げていくのに役立つというような相乗効果が生まれています。

―体育の授業の分析について、「良い授業」はどのように評価・判断しているのですか?

川戸:答えとしては、「評価」はしません。この授業はこの要素がこの割合でありました、っていうだけなんです。それに付随して何か別の指標を使って、こういう授業をしたらこういう得点が伸びました、つまりこの授業構造はこの要素を伸ばすのに適しています、という流れで判断していきます。授業研究って、成果が出ても再現性が課題になるので研究として弱くなりがちなんですよ。なので、「こういう成果があった背景には、こういう実践がありました」という、成果の裏にあるプロセスをきちんと説明することが、教育研究の科学化につながると考えていて、そういった観点で授業研究を行っています。なので、良し悪しを判断するためではなく、成果の裏付けや現象の説明をするための研究です。

―大学教員と強化スタッフのダブルワークは大変ではないですか?

川戸:強化スタッフの仕事は四六時中あるわけではなく大会期間中に限定されるので、大会が開催している最中はそれなりに忙しいですし、その期間は大変です。研究に関して言えばそれ自体が大学教員の仕事であり、本来の専門から幅を広げて研究しているだけでむしろ自分の授業研究にも役に立つので、僕は全然柔道の研究をしんどいとは思いません。

 ただ最近は、時間的にも仕事量的にもしんどいので、海外渡航は1年に1回行くかどうかくらいの頻度に抑えています。今年は少し控えましたが、来年は世界選手権に帯同するためにアゼルバイジャンに行く予定です。「今年は国内大会だけで」ってお願いしたので、ちょうど今(取材時期:6月)ハンガリーで世界選手権がやってるんですけど、「ハンガリー行きますか?」って聞かれて「ちょっときついです......」と答えました(笑)。大学院生の時はガンガン行ってたんですけど(笑)。

―試合を映像で見るのと、現場で生で見るのとではやはり違いますか?国際大会でも映像があれば日本で作業できるんでしょうか。

川戸:8割くらいはできます。ただいくつか問題があって、一つは中継映像にカットなどの編集が入ることで何の反則を取ったのかなどがわからないという部分です。そうすると放送されている映像で判断するのは、ちょっとした不測のリスクがあります。

 もう一つは、海外の中継だとネットワークの問題が時々あるという部分です。日本や現地の気象状況等によっても左右されるので、ディレイ(遅延)が生じたり映像が途切れたりするリスクがあるのが難点です。

 あとは、疑義が生じた場面にすぐに持っていけないことも難点ですね。「それ誤審じゃないの」「どういう風に解釈したの」と抗議したくても映像をすぐに持っていくことができないので、その部分に関しては大きな大会ほどリスクがあります。最近は小規模な大会なら国内で遠隔で行うことも増えてきているんですけど、やっぱり大きな大会だと現地に人を派遣して、すぐに対応できる体制を作るようにしています。

―先生は授業構造の研究に関して論文を出されているとお聞きしましたが、柔道のデータを元に論文を書かれることはないんですか?

川戸:もちろんあります。それこそ、今年の4月に論文が1本アクセプトされています。柔道の戦い方って、よく「組手争い」って言われるような、相手を持ったり放してるイメージがあると思うんですけど、あの動きって戦い方としてすごく大きな意味があるんですよ。そうした「組手争い」のような、技ではない細かな攻防を定量的に評価するための枠組みを作る、という論文をついこの間書きました。

学生のインタビューを受ける川戸先生

―川戸先生は体育の授業の研究を行いながら、三重大学でも体育の授業を教えていらっしゃいます。大学にも「体育の授業」があるということを、大学入学後に知って驚く学生さんは少なくないと思うのですが、改めて体育(講義名:スポーツ健康科学)が全学生必修である理由は何だと思われますか?

川戸:いくらテクノロジーが発展しても、僕らは自分の体を捨てて生きていくことはできないじゃないですか。SFみたいに脳だけ培養液に入れて生き延びるってことは多分できないし、「身体知」といって「体があるからいろいろなことを考えられる」という理論もあります。体があるから考えられるし、生きていけるし、現実的には80年なり100年なり、僕らは自分の体を使って生きていかなきゃいけないんですね。

 そのために、スポーツ健康科学概論(教育学部、講義科目)では体を使う文化にはどういったものがあるのか、主にオリンピックの話を中心に、古代から現代にいたるまで、人々のスポーツに限らない身体活動と体との関係について講義を行っています。実技(スポーツ健康科学A・B、全学必修)では、色々なスポーツや身体活動を通して、例えば「歩けば汗がにじむ」とか、「心拍数が上がる」とか、「外の風が気持ちいい」とか、運動による身体の生理的な変化を見つめるようにしています。本当なら血圧の変化とかも測りたいですね。またこういう国ではこういうスポーツがあるとか、「ゴルフではマナーが大切」とか、文化的な側面についてもお話しています。自分の体をどう感じるか、味わうか、見つけるか、そういったことが生きていく上では不可欠であると僕は思っています。なのでそういった意味で、体育の授業っていうのはその人の人生や、人類が生きていくうえで重要なものだろうと考えています。

―先生の担当されているスポーツ健康科学の実技の授業は、アダプテッドスポーツ(様々な理由で実技を受講できない学生向け)とニュースポーツの2つあると思います。アダプテッドスポーツの方では、どのような内容の授業をされているんでしょうか。

川戸:アダプテッドスポーツの方は、基本的に通常コマで開催されている、実技の授業への参加が困難な学生さんに受講してもらっています。それでも先ほど話したようなことを何とか感じて学んでいただきたいので、僕が担当になってからは講義を中心に、運動できるようなら少し運動してもらうとか、難しいようなら調べ学習として自分で調べてもらうとか、できる範囲で何か学生さんに行動してもらうイメージで授業を組んでいます。本当はほかにもやりたいことは沢山あるんですが、多様な学生さんがいるので、講義を中心としてそこから行動につなげてもらうことを意図してやっています。

―もう一つのニュースポーツの授業について。シラバスではボッチャ・モルック・タグラグビーの3種目を行うとありますけども、どんな内容なのか想像がつかないのですが、これらの種目を選んだ意図を教えてください。

川戸:まず僕が対象にしたかったのは、「日常的な運動習慣のない学生さん」なんです。というのも、運動習慣のある学生さんたちはサッカーやソフトボールのような運動強度の高い種目を選ぶし、ほっといても放課後などにスポーツをするんですよ。これは僕ら教員としてはありがたいことです。一方で僕は、運動習慣のない学生さんたちにも「体の生理的な変化」をまず少しでも感じてほしいなと思ったので、第一に「運動強度があまり高くない」種目を行うことを念頭に、ボッチャやモルックを選んでいます。

 ボッチャもモルックも、的に向かって球や物を投げる「ターゲット型」に分類される種目です。なので、どちらかというと頭を使って、後ろに振りかぶる角度や力加減、うまく投げられない原因は何かなど、「自分の体を思うように動かすのは難しい」ということを感じてもらいながらできることを狙っています。授業内では他にも、グラウンドゴルフやフリスビーなどターゲット型のスポーツを中心に行っています。

 ただそれだけだと呼吸や体温の変化があまり感じられなかったり、スポーツの文化的な側面を感じにくかったりするという難点があります。タグラグビーはラグビーから派生した種目で、ラグビーは「規律を守る」「戦況が悪くても耐える」といった、ある種の文化的な側面を強調するスポーツです。タグラグビーを入れることで、運動習慣のない学生さんに対しても運動強度を徐々に上げつつ、文化的な側面にもアプローチをしています。

 僕本当は、授業で護身術やりたいんですよ。柔道競技を続けていた学生時代、僕は競技力があまりなかったので、テレビで見るような柔道競技はあまり強くはなくて。ですが柔道には「形競技」というのがありまして、そっちでは実は強化選手に選ばれるくらいに結構強かったんです。その「形競技」の中でも、徒手(素手)で攻撃を仕掛けてきた相手の捌き方とか、刀や棒で向かってきた相手に対する対応など、様々な種類があるんです。これらは、柔道の競技と比べると運動強度はそこまで激しくないし、一方で多くの学生さんが経験したことがない、目新しくて興味を惹く内容だと思います。

 柔道の躱し方には構造的な理由があるので、形を習うことで体の構造がわかるんですよね。なので、そうした「体への気づき」という面でも、授業の目的にフィットするんじゃないかと思っています。護身術として実際に自分の身を守れるようになるには相当訓練する必要があるので、授業の中でそのレベルを目指すのは難しいですが、普段と違う運動文化に触れて、自分や相手の体の構造を発見するという観点から、護身術というのは教材として良いのではと思っています。教育学部の保健体育コースの学生さんたちには、専門科目としての柔道をガッツリ教えますけど、共通教育科目(全学部共通)としては、柔道の武道要素を取り入れた授業を行うと面白いんじゃないかと最近思っていて、来年度の授業に向けて検討しています。

―実際護身術を授業でやってみたい学生さんは結構いそうな気もしますよね。

川戸:実は昨年度の授業で1回だけ護身術をやったんですけど、学期末にアンケートを行ったら、全15回の授業のうち印象に残った授業についての回答が全部護身術だったんですよ。

―すごい!(笑)

川戸:他にも授業で色々やったんだけど......(笑)と思いつつ、学習のニーズはあるんだなと思いました。授業で護身術をしっかりやってみたいという人が結構集まりそうということなら、これを裏付けにして導入してみても良いんじゃないかと思っています。

―現在そのほかに担当されている授業は何かあるんですか?

川戸:僕はまだ三重大に着任して1年経っていないんですが(2024年秋着任)、僕が担当する予定の科目には隔年開講のものがいくつかあって、それらがちょうど僕が着任する前の年に開講されていたんです。そのため担当科目のいくつかは今年僕はやらないので、昨年秋の着任から今年度の1年はほとんど共通教育の先生みたいな感じになっていて、専門教育の担当授業は本当に少ししかありません。今年の前期は「野外運動」と「初等教科教育法」というオムニバス形式の授業のうち数回を担当するくらいです。

 僕の生まれ育った三重県亀山市って、すっごい山なんですよ。僕は子供の時から川で遊んだりとか山で野生の果物とかを採って遊んだりしてたんですけど、なかなか今はそういうことってあまりできなくなってきているんですよね。「野外運動」(野外活動を実践する、教育学部生の専門科目)については、そうした自然の中での遊びを皆で経験することが大切なのかなと思っています。

それに、キャンプファイヤーとかで火をつける時って、下から上に抜ける上昇気流を利用するために煙突状に木を高く組むんですけど、これって理科の知識ですよね。また、満月を見て綺麗だなと思う、その一人一人違う感じ方を言葉にする行為はとても文学的だなと思いますし。自分の体を野外に持って行くことで、そうしたことに気づくということは、体育を中心とした教科横断的な学びに貢献すると思っていて。そういった面を強調しながら学生を指導しています。

 「初等教科教育法」に関しては学生さんが4グループに分かれてオムニバス形式で受講する形で、僕が各学生さんに関わるのはそれぞれ2回ずつだけではありますが、そこでは「ルールとは何か」という部分を強調しています。ルールって聞くと制限や制約をもたらすものという、どちらかというとネガティブなイメージがありますけど、ルールを作ってルールを守ることがスポーツをスポーツたらしめているし、更に言えばルールを作って守るという行為は民主主義の根幹なんですよね。なので、小学校の体育の授業というものは、単にスポーツの中でルールを作って守るというだけでなく、日本で生活していく中で実はすごく大事なことをやっているんだよ、ということを授業では話しています。

―これから三重大に入るかもしれない、小中高校生へ伝えたいことはありますか?

川戸:「何でも面白がれる人」になってほしいと思います。それを人は「教養がある人」と呼ぶと思うんですよ。3万円のフレンチのコースも300円の牛丼も、どちらもおいしく食べられるのは、そのおいしさが違うからなんですよね。これは世の中の色々なことでも同じだと思っていて、例えば「体育ってこういうところが面白いよね、でも一方で科学はこういうところが面白いよね」っていう、自分が興味のあることだけでなく幅広く興味を見いだせることは、何かにつけて原動力になると思っています。とにかく食わず嫌いせずに食べてみて、面白がってみることが楽しい人生につながっていくんじゃないかって思っています。「何でも面白がれる人」、それを人は「教養がある人」と呼ぶと思うんですよ。

三重大学は総合大学なのでそういうニーズに応えられますし、何事も面白がるという楽しい人生を送る上で、三重大の総合大学としてのポテンシャルは学生さんにも社会にも貢献できると思っています。そういった観点で、楽しい人生を送るためにぜひ三重大に遊びに来てほしいですね。

川戸先生と学生