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交配相手を選ぶ!~移動することのできない植物がどうやって適切に子孫を残すのか~

2017.8.17

インタビュアー:広報室

今回は、生物資源学研究科の諏訪部 圭太(すわべ けいた)准教授にインタビュー取材を行いました。

写真:諏訪部先生

-まずは諏訪部先生がどんな研究をしてみえるのか、教えてください。

写真:植物

諏訪部「植物の育種」に関わる研究をしています。野菜の品種改良などに貢献する分野です。

その中でも、私のチームは特に「移動することのできない植物がどうやって適切に子孫を残すのか」というところに注目しています。植物が子孫を残す、というと、受粉してタネ作る、というのはイメージできると思いますが、そのメカニズムはまだわかっていないことがたくさんあるんです。

-アブラナ科の植物を研究されているんですよね。素朴な疑問なんですが、そもそもなぜアブラナ科なんですか?

諏訪部世界中でモデル植物として研究に使われている「シロイヌナズナ」はアブラナ科の植物なんです。いわゆる「ぺんぺん草」ですね。研究室内でも育てています。

他に身近な野菜では、白菜やキャベツ、わさび、ブロッコリーなんかもアブラナ科です。

植物を知るための基礎研究もできるし、身近な野菜に研究の成果をダイレクトに反映できるのでアブラナ科植物を研究しています。

(植物の受粉の様子を顕微鏡で観察した動画を見せていただきました)

写真:植物

諏訪部緑色に光っているのが雌しべの先端、白い米粒みたいなのが花粉です。受粉の場面を顕微鏡で1時間半ぐらい観察していると、花粉がわらわら動くのが観察できます。雌しべにくっついた花粉は一つ一つ違う動きをするんですよ。

受粉のメカニズムは簡単に言うと、①雄しべから飛び立った花粉が雌しべにくっつく→②花粉が雌しべの中に花粉管をのばす→③タネのもとになる胚珠で受精→④タネができる、という流れです。

しかし、タネを残せる花粉と残せない花粉がいる。それは花粉側に問題があるのではなく、雌しべ側がコントロールして受け入れる花粉を選んでいるんです。タネを残せない花粉は雌しべにくっついても、膨張したり収縮したり破裂したりして、花粉管をのばせず、胚珠で受精することができません。

 受粉のメカニズムの中でも、花粉が雌しべにくっつくところは更に細かく、①情報交換→②水をもらう→③花粉管をのばす、という3ステップに分けられます。まずは雌しべと花粉の間で情報交換が行われて、ここで違う種(しゅ)のものは弾かれます。例えばひまわりはひまわりの花粉しか受け入れない。「種間不和合」と言って自分の種(しゅ)を維持するための働きです。情報交換でOKだった花粉は雌しべから水をもらいます。花粉は乾燥した状態で飛んでくるんですが、花粉管を伸ばすためには水を得て活性化しなくてはならないので。膨張したり収縮したりといったタネを残せない、うまくいかないパターンは、ここで水をもらえなかったりもらいすぎたりするんです。

-そもそも、なぜうまくいかないんでしょうか?

諏訪部それがわからないんですよ!最後に言おうと思ってたんですが、それを今研究してます(笑)そこさえ分かれば確実に植物のタネを作ることができるようになるんです。

さっき説明した各ステップで何が起きているか、それ自体はわかっているんです。でも、どういうメカニズムで、何がそれをコントロールいるのかがわからない。それを解明したいと思っています。

-2010年に発表された論文がイギリスの科学誌"Nature"に掲載されたと伺いました。どんな研究だったんですか?

諏訪部植物が自分の花粉でタネを作ると、子供は自分と全く同じものができます。これは野菜生産にはいいことです。全く同じ品質の野菜ができるので。しかし、「種(しゅ)」という概念から見るとまずい。「生物多様性」って聞いたことがあると思うんですが、いろんな特徴があったほうが環境変化に適応できる可能性が高いですよね。個体の特徴がまったく同じというのは環境変化に対応しにくいってことです。

しかし、植物は一つの花の中に雄しべと雌しべがありますよね。つまり、一番タネを作りやすいパートナーは自分自身なんです。自分の花粉を排除しないと他人の花粉を受け取ることはできません。そこで植物には「自家不和合性」という性質があります。自分の花粉を排除して、同じ種(しゅ)の別の個体から来た花粉だけを受け入れる仕組みです。

梨やりんごの農家の方が花に花粉をつけている様子、テレビで見たことありませんか?あれは他の個体から花粉を持ってこないと、実がならないからやっているんです。自家不和合性という性質のおかげで、梨やりんご農家は大変な作業をしています。メカニズムを解明すれば自家不和合性のない梨をつくることもできて、彼らの負担も軽減できるかもしれません。

アブラナ科はどうか。アブラナ科の野菜であるブロッコリーやキャベツは実を食べるわけじゃないですよね。自家不和合性があっても別に農家の方は困りません。だから自家不和合性を持ってます。

でも実は同じアブラナ科でもモデル植物のシロイヌナズナは自家不和合性を持ってないんです。「シロイヌナズナにはなぜ自家不和合性がないのか?」それを解明したのが2010年の論文です。

-なるほど...では、なぜシロイヌナズナには自家不和合性がないんですか?

写真:植物

諏訪部ここから遺伝子の話になります。アブラナ科植物の自家不和合性には、花粉で働く「SCR」と雌しべで働く「SRK」という遺伝子がセットで必要です。SCRとSRKは人間の体で言う抗原と抗体みたいな関係です。自分を拒否するわけだから反応は真逆ですけど。この2つが雌しべと花粉の情報交換に関わっていて、組み合わさった場合に自家不和合性が起きます。と、ここまでは昔の生物学者が解明していました。

じゃあ、シロイヌナズナはどうなのか?その答えとして「もともとは両方の遺伝子を持っていたけど、途中で失った」ということを実験で証明しました。

世界中にはいろんな種類のシロイヌナズナがいますが、どれも自家不和合性をもっていなくて自分の花粉でタネを作ります。先ほどお話した自家不和合性に関わる遺伝子は、シロイヌナズナではすでに壊れていて、その壊れ方には5つのパターンがあります。その中で、一番壊れ方が少ないのはヨーロッパ中央部のシロイヌナズナだけがもつある1パターンです。それは雌しべのSRKは問題ないけど、花粉のSCRがおかしくなっている。そのおかしくなり方(専門的には「変異」といいます)にはある規則性があり、どうも一部の塩基配列がひっくり返っているようだとわかりました。そこで、実際にそのひっくり返っているところをもとに戻してみたら自家不和合性が復活しました。変異の原因が分かったんです。

-シロイヌナズナの自家不和合性は、いつからなくなったんですか?

諏訪部40万年くらい前です。"Nature"に載った一つの要因なんですが、ダーウィンって知ってますよね?彼は植物の研究でも有名で、彼は「交配相手が少ない条件下では自殖が生殖に有利である」と言っていました。

40万年前の地球は氷河期でした。植物には生きづらい、交配相手が少ない環境です。そんな中、突然変異で自分の花粉で種を残せるシロイヌナズナが現れて生き残った。そして氷河期が終わると爆発的に増えた。ダーウィンの説を証明できたんです。「進化」という概念から見ると、多様性は低くなっているので、どちらかと言うと絶滅に向かっていっているのかもしれないですが。

-そして、先日"Nature"の姉妹誌"Nature Plants"に載った論文はこの研究の発展ということですか?そちらはどんな内容なんでしょう?

図:一側性不和合性

諏訪部アブラナ科の同じ種(しゅ)なのに、タネが作れない組み合わせがあるんです。トルコに生えているアブラナ科の植物"Brassica rapa"と日本の同種の植物を交配すると、日本の花粉+トルコの雌しべではタネを残せるのに、トルコの花粉+日本の雌しべだとタネを残せないんです。一方向だけOKなので「一側性不和合性」といいます。これがなぜかというと、さっきの自家不和合性の話で出てきた花粉遺伝子SCRと雌しべ遺伝子SRKが関わっているんです。

"Brassica rapa"の染色体にはSCRとSRKの遺伝子セットがコピーされて2セットあって、そのコピーの方がこの一側性不和合性をコントロールしているということを発見しました。

-自分の花粉も排除するのに、他人の花粉を排除してしまって大丈夫なんですか?

諏訪部コピー側の遺伝子は、トルコの方では花粉遺伝子は存在するけど、雌しべ遺伝子は壊れてしまっている。逆に日本の方は花粉遺伝子が壊れていて、雌しべ遺伝子が存在する。トルコの花粉と日本の雌しべの組み合わせだけが、両方の遺伝子が存在するので花粉が排除されるという特殊な状況です。こういう状況はそんなにたくさんは知られていませんが、植物研究では別のケースも確認されています。

「雑種強勢」って聞いたことありますか?「トンビが鷹を生む」です。子が親より優れていることですね。その逆、「雑種劣勢」とでも言うのかな?シロイヌナズナは世界中に生育していますが、ある特定の地域のものを交配すると、次の代は極端に小さくなってしまうという組み合わせがあります。出会っちゃダメな組み合わせなんです。生き物は種(しゅ)の概念が壊れてしまうことを防ぐためのメカニズムを持っていて、おそらくこれもその一種です。

トルコの花粉と日本の雌しべでは同じ種(しゅ)でも、子孫を残せません。もしかしたら、何万年かするといずれ別の植物になっていく、私たちはその過程を見ているのかもしれません。

-今回の発見が身近なところで役立つ可能性はありますか?

諏訪部自家不和合性は、アブラナ科野菜のタネを生産する際にはとても大切な性質です。

日本の野菜は、ある特定の組み合わせだけで生まれる優れた個体(これをF1品種といいます)であることが多いです。だから、必ず決まった母親と父親を使ってタネを作っているんです。

例えば、買ったタネから育てた美味しい白菜のタネを採ってまた植えても、次の代は同じ美味しい白菜ができるとは限りません。次の代の白菜は最初に買ったタネとは父親も母親も違いますよね。

 美味しい野菜を食べることができるように、常に決まった父親と母親の組み合わせでタネを作りたい。でも実は、自家不和合性は完璧ではないんです。昨日暑かったとか寒かったというような環境変化によって、自家不和合性は弱まってしまいます。植物が年老いても弱まってしまいます。

自家不和合性が弱まると、ときどき自分の花粉の排除に失敗してタネを作ってしまいます。そうやってできたタネは美味しい野菜になるとは限らないし、しかも見分けもつかないですよね。はずれが紛れ込むわけです。そうなると、タネを扱う種苗会社の皆さんは困ってしまいます。

この自家不和合性が弱まってしまう原因を突き止める研究もやっていますが、今回の発見を活用すれば、もうその原因を調べなくてもいいかもしれません。今回発見したような自家不和合性遺伝子のコピーが機能できるようにしてやれば、自家不和合性を二段構えにすることができるんですよ。

写真:諏訪部先生

-最初に少し聞いてしまいましたが、今後はどのような研究を進めていかれるのか、改めて教えてください。

諏訪部植物は動けない。しかも同じ花の中に雌しべと雄しべがあります。自分の花粉で子孫を残しやすい形をしているのに、あえてそれを拒否して他の花粉を受けいれる。そこが自家不和合性の面白いところです。生き物として非常に巧妙ですよね。

そして、その性質を人間が農業に利用しています。「どうやって種(しゅ)を維持しているのか」という学問としてのシンプルな疑問と、実際の畑で応用する技術がリンクしているんです。

どうやって自分の花粉を拒絶しているのか、逆にどうやって他人の花粉を受け入れているのか、そういった根本のところを研究し、植物の不思議を解明していきたいと思っています。

-ありがとうございました!最後に、未来の研究者へのメッセージをお願いします。

諏訪部自分に制限をかけずにフットワークを軽くすることが大切だと思います。なんにでも興味を持って、それに対して物怖じせずに突き進んでください。いろんなことをやれば、その中から「これだ!」というものが見つかります。その「これだ!」というものには無限の情熱をかけることができると思います。そうすればきっと毎日がワクワクしますよ。

それから、謙虚に。いろんな人に支えてもらっていることを忘れてはいけない。こういう気持ちもとても大切と思います。

研究者情報


写真:諏訪部先生

生物資源学研究科

准教授 諏訪部 圭太(Keita,Suwabe)

専門分野:植物分子遺伝学

現在の研究課題:受粉の分子メカニズム アブラナ科自家不和合性の分子機構 単子葉植物の雄性生殖器官の分化・発達機構

【参考】

生物資源学研究科HP https://www.bio.mie-u.ac.jp/

教員紹介 http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/2537.html