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文学を通じて自明性を疑う

2023.8.18

インタビュアー:みえみえ学生広報室の学生

今回は、教育学部国語教育講座の和田崇(わだ たかし)准教授にインタービュー取材を行いました。今回のインタビューアーは、みえみえ学生広報室(教育学部1年 坂口莉菜)です。

和田先生

-はじめに、先生の専門分野・研究テーマを教えてください。

和田専門分野は、近代日本文学、あるいは、文化を専門としています。その中でも昭和の戦前戦後くらいを中心に研究しています。特に、プロレタリア文学を研究の柱にしています。最近では、東ドイツにおける日本文学の翻訳状況や日本の原爆文学がどのようにドイツ全体で受容されたのかについて力を入れて研究しています。

-研究をしていく中で面白いと感じるのはどのような時ですか。

和田文学研究の基礎的な考え方に「テクスト論」というものがあります。「テクスト」というのは、「テクスチャー」という、「織物」という言葉からきており、作者自身も意識していない様々な要素が織り込まれているのを読者が主体的に紐解いていくという考え方が「テクスト論」です。専門とするプロレタリア文学について、かつて作家の志賀直哉が「主人持ちの文学」といったことがあります。主人、つまり、政治や社会意識などありきでそれに支配されているのがプロレタリア文学ではないかと批判的に述べました。しかし、「テクスト論」的な立場から見ると、プロレタリア文学の作者は、たしかに何か伝えたいイメージがあって、特に政治的な意識などをもって書いているのでしょうが、読者として主体的にその「テクスト」と関わっていくと、作者自身も意識していなかった様々な表現上の新しさや、作者自身はこうだと思って書いているものとは逆の要素も見えてくることがあります。例えば、日本のある作家が無意識にある作品を書いていて、それと同じ時期に、別の国の人が似たような作品を書いていることがあります。それは、作者自身も意識していない時代性や社会性がテクストに反映されているからです。これは、従来のいわゆる作者の意図だけを見ているとわからないことであり、研究者が分析して初めてわかることだと思います。そのように、先入観やこれまでの見方ではまだ明らかになっていないことを見つけた時に面白さを感じます。

-先生は、ドイツにおける日本文学の翻訳状況などの研究にも力を入れているそうですが、日本文学を日本人の視点からだけでなく、翻訳などを通して、他国の視点から見つめることのよさはどのようなことだと考えていらっしゃいますか。

インタビューの様子

和田日本は、特に、ヨーロッパの人々にとっては、遠い遠い異国の謎の地です。先週、ベルリンに行ってきましたが、当然日本語は通じません。ベルリンで日本文化を感じられるのは、有名な森鴎外記念館や最近できたサムライ博物館、あるいは日本食レストランくらいです。だから、ヨーロッパの人々の多くは、日本に対して神秘的な謎の国だという固定観念を抱いています。日本学者や翻訳者たちはそのようなエキゾチズムに満ちたイメージを払拭しようとして、本当の日本というのはこういうものだと、真実の日本を紹介しようと努めました。一方で、エキゾチズムを逆手にとって、日本に対する神秘的な謎の国というイメージをあえて強調して翻訳することで、ヨーロッパの人たちにとっては逆にそれが新鮮に見えて、新しいものとして積極的に受容されることもありました。ゴッホが浮世絵を受容したという有名な話があるように、これは文学に限ったことではありません。浮世絵は、19世紀後半のヨーロッパの人々にとっては新しいものとして映りましたが、日本人にとっては、古い、前近代的な芸術でした。そのように、日本人には気づかない日本文化の良い点や独自性が、海外の視点を当てると見えてくることがあります。

-今までに読んだ作品の中で印象に残っている作品はどういった作品でしょうか。

和田私が専門とするプロレタリア文学の中からぜひ紹介したいのが、佐多稲子の「キャラメル工場から」という作品です。短編ですぐ読めるので詳しい内容は割愛しますが、人の気持ちは他人からはわからないことが多いです。他人から見てたいしたことがなくても、その人からみれば、厳しい、つらいことだったりします。私は教育学部の教員ですが、学校の教師は、子どもたちのこと、児童生徒のことをよく見ていると思われがちです。しかし、その学校の教師でさえ生徒のことをよくわかっていないことがあります。私はそのようなことの教訓の1つとしてこの小説を捉えています。おすすめしたい作品の1つです。

-文学作品を読むことの意義についてどのように考えていらっしゃいますか。

和田ジャンルにもよりますが、芥川賞の候補作品などにあがる純文学に限って言うと、自明性を疑えるスキルや見方を身につけられることだと思います。文学作品は、普段は見過ごされがちなことに光を当てる作品が多いので、読むことによって、自分の価値観が本当に絶対的に正しいのかというように、自分を見つめ直すことができます。理知的で視野の広い人間になるために、文学作品を読むことは非常に意義があると思います。

-最後に、今後の目標や予定を教えてください。

和田先生

和田語学の勉強をしたいです。最近、ドイツに関連する研究に力を入れていますが、私はドイツ語だけでなく英語すらもあまり話せません。先ほど言ったように先週もドイツに行ってきましたが、いろんな人に迷惑をかけ、たくさん恥をかいてきました。若い頃にきちんと勉強しておけばよかったと、後悔しています。なんだか学生みたいな目標を言って申し訳ないですが、初老の大学教員が、今さらながら必死にもがいてスキルアップを目指している姿を学生に見せることで、学生たちは「ああ、あんなおじさんになっちゃいけないな。今のうちに勉強しておかないといけないな」と思うでしょう。恥を承知でこのような目標をお伝えしたのは、学生たちに反面教師にしてもらいたいからです。




研究者情報


和田先生

教育学部 国語教育講座

准教授 和田 崇(WADA,Takashi)

専門分野:近現代日本文学・文化

現在の研究課題:
・プロレタリア文学の国際連帯に関する研究
・東ドイツにおける近代日本文学の翻訳に関する研究

【参考】

教育学部HP https://www.edu.mie-u.ac.jp/

教員紹介ページ(和田 崇) https://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/2991.html