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清少納言は犬に笑う

2026.1.16

教育学部・教授 松本 昭彦

松本教授の写真

高貴な猫をおどしたワンちゃん、大ピンチ

 私たちの身近な存在である犬や猫は、清少納言の『枕草子』や紫式部の『源氏物語』など平安時代の文学作品にもたびたび登場し、物語を動かす場面が描かれます。今回は『枕草子』の一章段を見てみましょう。
 時の天皇・一条天皇は犬も猫も愛していました。猫には五位の位(現代だと県知事さんくらいの偉さ)を授け、乳母までつけられるほど大切にされていました。一方で犬はというと、滋賀から献上された「翁丸」という犬が宮中に仕えていました。ある時、この犬と猫がケンカをしました。

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そこで笑うか

 ケンカのきっかけは、乳母が冗談で翁丸を猫にけしかけたことでした。猫はおびえて御殿の奥に逃げ込み、怒った一条天皇は翁丸を「犬島」(淀川にあったとされる中州)に追放します。ところが哀れに思った蔵人(天皇の秘書官)が中途半端な場所で放り出したため、翁丸はケガを負いながらも宮中に戻って来ることができました。
 清少納言たちが翁丸の話をしていると、翁丸は宮中の皆が自分に同情していると思ったのか、感激して涙を流します。しかしそのケガをした犬が翁丸とわかった清少納言たちは大笑いした、となって話は終わリます。現代の私たちからすると、「かわいそうで涙する」「犬が助かり安心して笑顔になる」のではなく、「犬の泣く様子をみて大笑い」という反応には少し違和感を覚えるところです。

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僕はうなぎだ

 ここで少し視点を変えてみましょう。たとえば食堂での会話で、「僕はうなぎだ。君は狐か?」「いや、狸だ。」と交わされたとします。この会話が成り立つのは、「食べ物を注文している場面」という文脈を話し手と聞き手が共有しているからです。
 『枕草子』もまた、宮中の女性たちの集団内で交わされた会話のような作品です。共有された文脈が前提となっているため、言葉にされていない部分が多く、現代の私たちには違和感として映ることがあります。翁丸の涙を笑った清少納言たちの感覚も、その言葉になっていない文脈を理解することで、より納得できるものとなるでしょう。
 その文脈とは...、詳しくは大学の講義などまたどこかでお話できればと思います。

違和感のある会話を理解するには

【この記事は『三重大X(えっくす)vol.50』(2025年10月発行)から抜粋したものです】