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災害を含む自然との共生と忍者・忍術学

2024.3.19

今回は、人文学部の山田雄司(やまだ ゆうじ)教授と三橋源一(みつはし げんいち)博士の対談をインタビュー取材を行いました。

三橋博士と山田教授

-今回の対談は、忍術×災害がテーマのひとつとなっていますが、災害が多発する現代社会に対して、忍者・忍術がどのように貢献するのか、その可能性についてお聞かせください。

三橋源一博士(以下、三橋博士)忍術の定義は、総合的な生活術だと言われています。山田先生の著書の中でも紹介されていましたが、忍者やその生き方は、極限状態で生き延びる知恵や知識が集積されています。そのため、何かしらのヒントがあるのではないかと考えています。いざ災害か何かが起こった時に生き延びるためには、総合的な生活術が防災教育・対策に貢献できるのではないかと思います。

山田雄司教授(以下、山田教授)私は、忍者の歴史について総合的に研究しています。三橋さんは、防災や災害に焦点を当てて研究を進められていますが、先日は忍者部の学生と一緒に実験を行い、また小学校へ講演・実験に行かれてましたよね? そこでは、具体的にどのような活動やお話などをされたのですか?

三橋博士私は忍術(総合的な生活術)を防災教育に繋いでいくためには、実演や体験をしながら学ぶということが重要であると考えています。先日、三重大学の学生さん、附属小学校の皆さんに講演と「暗所対処」について体験してもらいました。これは暗闇の中、既存の忍術を用いて様々な障害物を潜り抜けてゴールするというものなのですが、これがなかなか進むのが難しい。このシチュエーションは、災害によって停電してしまい、屋内から脱出しなくてはならない場面を想定しています。何か物が倒れていたり、落ちていたりすると怪我をするかもしれませんし、一瞬で暗くなると方向感覚や平衡感覚も不安定になり、転倒する危険性もあります。この学習では、コースに臨む前に、歩くときの重心のかけ方や、障害物を触覚で察知していく忍術を紹介し、実際に用いてクリアするのを目標にしました。長い棒を使って、自分の周りに何があるのかを探ったり、破片を無暗に踏まないように、地面を撫でるように歩くことで細かい障害物を避けたりする忍者歩きなど、子どもたちは真剣にかつ楽しそうにやっていましたね。

山田教授今の人々は、防災についてかなり意識していると思うんですよね。三重県の子どもたちも「南海トラフ」について知っていますし、防災訓練に熱心かつ真剣に取り組んでいます。体験した内容や知識があるだけで、人は落ちついて行動することができますし、事前に体験しておくのは重要ですね。大きな災害では、いろいろなライフラインというものが絶たれ、電気やガスなどが使えなくなり、まさに戦国時代、江戸時代初期の暮らしに一気に戻るような状況なわけです。そのような環境に置かれた時には、何を重要視したら良いんでしょうか。

三橋博士 対談時の様子

三橋博士忍者の三毒(陥ってはいけない心理状態)「恐れ・侮り・考えすぎ」というものがありますが、それらに対処するために断食とか断水などを行い、事前にある程度イレギュラーな体験しておくことで、自分の体がどのような反応を起こすのか、どのくらい耐えられるのかというのを疑似的に知るのです。このような事前対策で実際にそういう場面に陥っても冷静に対処できるようになります。断食や断水を進んでやれというわけではありませんが、そのような環境に置かれたとき、自分の状態を知っておくことは重要なのではないでしょうか。あとはガスも電気も使えない環境に置かれた際、火の起こし方とか、先人の知恵に倣うものがたくさんあるかと思いますので、それを知って、現在でも活用できるようにするという感じですね。また私は衛生維持のコンサルタントも行なっていますが、忍術の修行でも生理現象を我慢するのは非常に辛い。非常時の携帯トイレ使用などは現代の忍術として教育や企業向けに紹介しています。

山田教授私も忍者の授業をやっており、学生に対していろいろと教えたりしています。その中で断食や不眠の状況を体験してみるのも、大事なことなのかもしれないと伝えています。健康に害することをやれと言うのではなく、過酷な状況に陥った際の自分の身体のことなんて、なかなか知ることができない。どういう状況なのかを知っておくというのは、災害時や防災で危機的状況に陥ったときに肝になってくるのかもしれませんね。私もまだ絶食とかはやったとことがないので、一度体験してみようかなと考えています(笑)

三橋博士やるなら、寒い時期の方が良いですよ(笑)

山田教授実際問題、不自由なことや不自由な場面を敢えて体験しておくのは重要かもしれませんね。例えば、簡単なところから不自由体験を始めてみてもいいと思うんです。マッチに火をつけてみるとか...。もしかすると、大学生でもマッチが使えない人がいるかもしれません。

三橋博士なかなか使う機会がありませんからね。一度は経験しておくだけで、全然違うと思います。

-質問者の個人的な感想ではありますが、忍者と言えば「戦略・諜報」と言ったイメージがあります。忍者たちにも、自然災害に対するリスクマネジメントのような意識があったのでしょうか

三橋博士私の研究論文はまさにそれをテーマにしていますね。それこそ、三重県は、昔から大きな災害に見舞われることがたくさんありました。災害復興にはまず正確な被害状況の情報がないと始まらない、迅速・正確な情報が何よりも大事でした。それを担ったのが戦国時代に情報入手に長けた伊賀衆の子孫である無足人たちでした。藤堂藩の記録では、災害が起こったとき、迅速に被害状況を調べ上げ、復興支援のために人や物資を現地に送っている記録があります。電話もないし、ネットだって勿論無いのに、昔の人々は自力で対処している記録があるのです。しかも、あまりにも速やかな対応なので江戸城内でその対応が各大名に共有されたほどです。

山田教授忍者についての史料で、松本に「芥川家文書」という史料があるんですけど、そこには、何かが起こる前にいろいろと調査したり、念入りに準備したりしておくことが重要だという記述があるんです。何か事が起こってから対処するのではなく、起こる前にしっかりと準備しておこう、被害が出ても対策を立てておくことで被害を最小限に抑えようという当時の様子を知ることができます。そういう点では、忍者はリスクマネジメントについての意識が高かったのかもしれませんね。

-次の話題は「川喜田二郎氏の分類に基づく「野外科学」的忍術研究の可能性について」ということですが、いかがでしょうか。(※川喜多二郎先生は、日本の地理学者、文化人類学者です。KJ法という、データをまとめる方法を考案された方としても有名ですね。野外科学の〈野外〉という言葉は、屋内・屋外という単純に場所を示すものではなく、あらゆるフィールド(現場)であると説明されています。仮説を検証するためにデータを探すのではなく、ありのままの現場に出て、実際に観察し、経験し、体験することを重要視した科学の概念が〈野外科学〉です)

解説する山田教授の様子

三橋博士私は農学で学士・修士を持っており、農学の中心的な課題って「自然と人間の付き合い方とは、どういうことなのかを問い続け、実践してみる」ってことだと思うんです。農業というものは、自然の都合と人間の都合を折り合わせながら、長年続けられてきた方法です。コントロールできない自然に対し、農作物をうまく育てるために人間が試行錯誤して、一番良い方法が残っていったんだと思うんです。これが平時の時の自然との関わり方です。そして有事の時の自然との関わり方(サバイバル)が忍術も含まれるのではないかと思っていて、昔の人々は現代人よりもずっと自然のエネルギーを身近に感じていました。伊賀・甲賀の忍者も自然からの影響を強く受けていたのではないかと考えられます。その忍者が使用した忍術を現代でも応用できるかどうかを実践してみることで新たな知見を得られる可能性を秘めています。私が注目したのは防災ですが、実際に防災で活用できるかどうかを試していく価値があるのではないかと思います。あと、個人的に忍術はレジリエンスにも通じるものではないかと考えています。レジリエンスとは、外圧的に受けたものを回復させようとする力のことです。困難をしなやかに乗り越える力ともいわれています。レジリエンスは精神的な回復力のことを指しますが、私が興味を持っているのは身体的レジリエンスです。身体的に外圧に対処する能力を身につけることで、生き延びる可能性を高めるのです。例えば、水泳について例えると、水の特性を知り、泳ぎ方を学習することで溺れる危険性を低くする。そんな形で身体的なレジリエンスが測れないかと考えています。暗所対処もそうですが、まず暗闇下での心身の状況を測り、次に忍術を用いた学習によって暗所に対処できるようにする。その後学習前後の比較を行い、レジリエンスが上がったかどうかをアカデミック的に見ることができるんじゃないかと考えています。

山田教授忍術研究は横断的な研究体制ができているため、医学部の先生にも、医学的見地から忍者・忍者学について研究をされている方がいらっしゃいました。小森照久先生は、息長(オキナガ)や、印を結ぶことによる心身の変化について研究され、ストレスをかけられたときに、そこからどうやって回復するのか、どうやってストレスを緩和するのかという視点で研究をされていました。その研究の中でも、忍者の修行を長きにわたって行ってきた川上仁一先生を測定してみると結果が全然違いました。川上先生は様々な修行をされてきたことにより、集中力などの効果がはっきりと出ていたと思います。そういう結果を踏まえても、忍術の鍛錬というのは、有効性があるのではないかと思います。今後、三橋さんが研究をする上で、脳波の測定とか、身体的な測定を共同でできれば、いろいろなことを知ることができるかもしれませんね。

三橋博士川上先生のような達人は常人と異なりますので、子どもから大人まで一般の人が試せるような忍術を選択します。忍術は神秘的なものに見られがちですが、知れば「なあんだ。」と言うものも含まれます。私は地域イノベーション科なので「いかに忍術を現代の一般の我々に還元するか」という視点で選択を行います。山田先生の仰るとおり、忍術の効果についてはいろいろな視点で検証していきたいと考えています。近年「生きる力」の向上については着目されていて、小中高校の学習指導要領にも「生きる力その先へ」と言う文言がうたわれています。忍術は「総合的な生活術・生存術」です。彼らが大人になる頃までには南海トラフ地震が起こる可能性が非常に高いでしょう。学習機会を得て思うのは、今大人の我々よりも遥かに「災害に対する生きる力」に敏感です。質問も忍者の神秘的・エンタメ面よりも、具体的な生き方や生き残り方に関心が高いです。次世代の忍者への要望に応えるべく努力中です。

-少し話は逸れてしまいますが、レジリエンス(困難をしなやかに乗り越える力)というキーワードに関連して質問です。そもそも忍者って、任務を遂行するにあたって、すごいプレッシャーがあったと思うんです。どうやって心を落ち着けていたんでしょうかね?

三橋博士諜報任務によっては、命に係わるものもあったかもしれませんしね。身の危険を感じる状態もあったと思います。

-そんな時どうしたら良いですかね?パニックにならないように心を落ち着かせるものがあれば、現代でも使えるかも!!

三橋博士心というのは不安定なもので、一旦落ち着いたとしても、また不安になってしまったりするものなんです。だから、心を落ち着かせるというよりは、エポケー(判断を一旦停止)で対応するという感じじゃないですかね。忍者の三毒「畏れ・侮り・考えすぎ」も全部心に起因するもので、これをコントロールしようとするのは本当に難しいことなんです。だから、忍者たちは印を結び「一瞬、思考を停止する。そして心を神仏にお預けする」という形で、思考を切り替えるスイッチのようなものを持ってたと考えられるんです。そうやって、マイナスの思考によって身体的なパフォーマンスを下げないような対策していたのではないかと思います。

山田教授何かが起こった時、違うことをしようとすると人間は不安になってしまいます。だから、災害時にいつもと違うことをしようとすると不安で頭がいっぱいになるんです。そんなとき、日常のルーティンをこなすことで平常を保つという方法もありますね。忍者は印を結ぶ修行をこなしていて、集中力を高めるための技法をもっていたと考えられます。また、呼吸というものも重要です。忍術だけでなく武術でもそうですけど、物事の始まりは呼吸からで、呼吸によって脳波が全然変わってくるんです、胸で呼吸をすると浅い呼吸でしか息を吸えないけど、お腹からゆっくり吸うことで落ち着くことができると思います

-忍者になりきれ!というわけではないですが、思考を落ち着かせるための切り替えスイッチ的なものを、ルーティンなりなんなりで持っておくというのが大事なんですね。

-次の内容になりますが、三重大学は、地域に根差した取組や研究のさらなる展開を目指しています。忍者・忍術学の地域への還元についてはどう思われますか。

対談時の様子

三橋博士小中高校の地域・防災教育に還元しています。伊賀では大抵の土地に忍者の由来があります。忍者と地域の関わりを示し、「自存自衛」(自ら自立し、自分達の力で危険を回避する)の具体例として忍術学習を行います。例えば、学校周辺のハザードマップから避難所までの経路を確認し、高低差のあるルート移動が必要なら、忍者の主要な道具であった鍵縄を用いた、安全な移動方法を行う、といった感じです。勿論、観光産業としての忍者をPRして、地域に還元することもできるのですが、個人的な想いとしては、アカデミックな部分をもっと還元していきたいと考えています。忍術は伊賀の一般の人々が危機に対して生み出した術ならば、今災害の多発によって再びそのような術が我々誰しもに貢献できる可能性があるからです。

山田教授そもそも、忍者に興味のない人たちもいますからね。今回は災害というテーマで話をさせていただいていますが、災害はどこに居ても起こりうるものですし、日本人にとっては身近なものでもあります。忍術は総合的な生活術、サバイバル術という、先人の知識の集積されたものを、災害時に生き延びる方法、対処方法という視点で、忍術の活用法を提案していくということは、いろんな地域の方に還元することができるのではないかと思います。子どもたちの夏休みで、例えば「忍者キャンプ」を行うと言うと、子どもたちは目をキラキラさせるんですよ。

-最後の質問になりますが、忍者・忍術についてどのように展開していくか、教えていただけますと幸いです。

三橋博士私は、身体的レジリエンスと生きる力に着目しながら、忍術・忍者学という「総合的な生活術、総合的な生存術」をアプローチしていきたいと考えています。日本の防災対策は世界から非常に注目されているので、その内容を昇華しつつ、忍者・忍術学をアカデミクスに還元していきたいです。そうすることで子ども達の防災教育、社会での防災産業が、世界的に求められているSDGsの目標11「住み続けられるまち」に貢献できると思います。

山田教授まだまだ調査されていない、眠っている史料や未知数の史料がたくさんあると思うんですよ。過去にいろいろな災害があった時、他の藩でも忍者はどのように情報収集をやっていたのだろうかとか、忍者はどうやって社会と関わって、江戸時代という安定した時代の維持に貢献していたのかをという観点から、忍者の実像というものをもっと深く探っていければと考えております。

-三橋博士、山田先生の忍者研究について、これからも大注目ですね。本日はありがとうございました。

山田教授と三橋博士が並んでいる様子


研究者情報


山田教授

人文学部 文化学科

教授 山田 雄司(YAMADA, Yuji)

専門分野:日本古代・中世信仰史

現在の研究課題:忍者・忍術に関する研究

三橋博士

三橋 源一(MITSUHASHI, Genichi)
(※大学院地域イノベーション学研究科 博士後期課程 令和5年12月修了)