グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

漁村の暮らしの奥深さに触れる社会学

2020.1. 8

インタビュアー:広報室

今回は人文学部・海女研究センターの吉村  真衣(よしむら まい)助教にインタビュー取材を行いました。

吉村先生の写真

-先生は海女についてどのような研究をされているのですか。

吉村もともと文化遺産の保全や活用に関する研究をしていて、そのテーマの一つとして「海女」に注目しています。ざっくり言うと、地域社会の文化が「文化遺産」として価値づけられるとき、地域社会にどのような影響がもたらされるのかを研究してきました。これまでは歴史的景観を対象に研究を進めてきましたが、現地で聞いた「他者のまなざしが注がれるのはあくまで建物であって、自分たちではない」という言葉が印象に残っていました。そんな折、伊勢志摩サミットなどをきっかけにメディアで海女さんをよく見かけるようになり、歴史的景観の研究のときに聞いた言葉と対比して、海女さんたちは「自分たち」が文化遺産や観光資源として評価されているのだということに気づきました。その気づきをもとに、文化遺産や観光資源という評価は海女さんや漁村の暮らしにどのような影響をもたらしているのかというテーマを研究しています。

-海女研究センターではどのようなことを行っているのですか。

伊勢志摩サテライト

吉村海女研究センターは2018年3月に、三重大学地域拠点サテライト 伊勢志摩サテライトの拠点として設立されました。大学キャンパスではなく鳥羽市立海の博物館内にあり、大学と博物館、地域とがつながる拠点になっています。「海女」と名のついたセンターですが、海女さんだけに注目するのではありません。海女さんを切り口として、漁村や漁業文化などをいかに保全していくかを考え、研究や実践を進めている機関です。文系と理系、それぞれの研究者が得意分野を活かし、協力しながら事業を行っている点も特徴です。

-海女の魅力について教えてください。

吉村研究の観点からは、文化遺産、観光資源など外部からの様々な価値づけを、「自分たちの生活」という基盤を守りながら、柔軟に受け入れようとする姿が印象的です。研究以外の場面では、海女さんたちの明るさにいつも元気をもらっています。自分は色々と考えすぎてしまうたちなのですが、海女さんたちの笑顔や笑い声に触れると、多少のことはどうでもよくなり、前向きになれます。

-海女さんは何歳ぐらいの方が多いのでしょうか。

吉村いわゆる高齢者が多く、最高齢では80代の現役海女さんがいます。しかし地域によっては20?30代の若い海女さんもいます。海女漁だけで食べている人は少なく、子育てや他の仕事と両立させながらの生活です。獲物であるアワビやサザエなどの根付資源はあまり移動しないため、一つの場所で獲りつくすと、もうそこにはいなくなってしまいます。そのため獲りすぎないよう海女漁の期間や時間に制限があるのです。実際に海女漁に携われる時間は少なく、他の仕事との兼業が前提となっています。高齢の海女さんは農業や沿岸漁業、家事育児などと兼業しながら海女漁をしてきましたが、現在の若い海女さんには、パートやフリーランスの仕事と兼業する人もみられます。

-海女は一年中やっている仕事なのでしょうか。

著書の写真

吉村海女さんのメインの漁獲物であるアワビは4月から9月までが漁期で、それ以外の期間は海藻やナマコ、サザエなど他の海産物を獲っています。しかし地域によって実際に漁に出る期間には差があり、長い地域では春から冬まで潜りますが、短い地域では夏の1週間程度です。この差の背景には、資源量や地域の産業構造の違いが影響していると考えられます。また、鳥羽志摩地域では漁業としての海女漁のかたわら、観光海女をする方もいます。一昔前は博覧会や水族館、その他のレジャー施設での実演ショーが流行っていて、本格的に海女としてデビューする前の修行として、観光海女を経験する人々がいました。現在は海女さんが漁獲物を焼きながら観光客とコミュニケーションをする「海女小屋体験」が注目されていて、漁の合間を縫って海女さんたちが働いています。

-海女と文化遺産や観光との関わりについて教えてください。

吉村文化遺産としての海女漁の特徴のひとつは、生業が対象になっていることです。2017年に「鳥羽・志摩の海女漁の技術」が国重要無形民俗文化財に指定されました。無形民俗文化財のうちの「民俗技術」というカテゴリーなのですが、これは2004年に追加された新しいものです。文化財保護法は1950年の制定以降、有形無形、民俗、景観など対象を広げてきました。「海女漁の技術」が指定された民俗技術は、言い換えれば生活や生業の技術です。過去の遺物だけでなく、現在の生活と密接に関わる対象としての生業が文化財化されたという意味で、新しいケースだと考えています。さらに、生業は基本的には経済活動であるため、文化遺産の保存という論理だけでなく、経済合理性という論理も加味しながら保存振興のありかたを検討する必要があります。また海女漁を担う海女さんたちの暮らしや感情とも切り離せません。観光でも、海女漁の一部だけを切り取ったり、漁村全体の暮らしを無視したりするのではなく、生業や生活と結びついた形でのありかたを考えることが重要だと思っています。海女さんたちは伝統文化である以前に生産者であり生活者である、この点を忘れないようにしたいです。

-海女文化について現在の課題はどのようなことですか。

吉村最大の課題は後継者です。海女さんは高齢化が進んでおり、担い手が減っています。いかに担い手を増やすかが課題ですが、漁村が直面する構造的な問題を解決しない限り難しいかもしれません。海女漁はもともと、漁村で生まれ育った女性が、漁村で生きていくために携わる生業でした。しかし高度経済成長期以降、交通の発達や女性の職業の幅が広がったことから、漁村の人口流出が生じ、海女を含む漁業従事者が減少してきました。漁村の産業基盤である漁業の縮小、資源量の減少などから、若い人が漁村で食べていくのが難しくなっています。また海女漁は生命の危険と隣合わせのため、海女さん同士の強い信頼関係が求められます。見知らぬ人が突然海女になりたいとやってきても、信頼関係を築くには長い時間と努力が必要でしょう。したがって、漁村外部に海女さんになりたい女性がいても、海女さんのコミュニティに参入したり、漁村で生計を立てたりするにはいくつもの障壁があるのが現状です。しかし海女漁を存続させるために、漁村のルールをいきなりがらっと変えてしまうと皆の生活が混乱してしまいます。何を変え、何を守るのかを慎重に考えていくことが大切だと思っています。

-研究をしていく中で面白いと感じるのはどのような時ですか。

吉村先生の写真

吉村漁村にはいくつもの課題があり、現地のみなさんもわたしたち研究者も、解決のため頭を悩ませています。しかし漁村を歩いて海女さんや漁師さんたちとお話ししていると、何もかもが大したことないという気分になってしまうこともあって。漁村振興という目的のために、ときに長く続いてきた漁村のしきたりを変えたり、外部から新しい文化を持ち込んだりすることがあります。もちろん様々な調整や葛藤が生じるのですが、最終的にはそのような変化がすんなり受け入れられている場合があって。もちろん住民や関係者の皆さんの努力の積み重ねがあってこそですし、表面化されていない不満があるかもしれませんが、物事が複雑なようで意外とあっさりしているのかもしれない、という漁村の雰囲気を面白いと感じます。さらに踏み込んでいえば、こちらが考えていた社会学の理論的な枠組みが、漁村の柔軟さによってひっくり返されるような感覚があって、これまでの姿勢や思考を反省することが多々あります。

また、他学部の先生と関わる機会が多いため、生物や建築など、自分の知らなかった分野の知識に日常的に触れられることも魅力です。

-今後、やりたいことや目標などを教えてください。

吉村文化遺産ブームともいえる状況の中、わたしたちの暮らしのあちこちに「文化遺産の保存」「文化遺産の活用」という価値観が入り込んでいます。文化遺産として認められることは当事者や関係者に誇りが生まれ、歴史や伝統を守り伝えることにつながりますが、一方で生活に様々な制限が生じる可能性があります。単に文化遺産を増やすだけでなく、文化遺産という価値を引き受けたうえで地域社会の生活がどう存続できるかをこれからも考えていきたいです。
海女に関連したことでは、何よりもまず、海女さんの暮らしをより深く理解したいです。「海女漁とはこういうもの」「海女さんの暮らしとはこういうもの」というだいたいの了解はあるかもしれませんが、それでとどまってしまうと一人ひとりの暮らしや感情への想像力がなくなってしまいます。とくに海女漁が文化遺産として評価されている今、昔のことばかり質問され、現在の暮らしをあまり知ってもらえないという海女さんの声を聞いたことがあります。海女漁の保存振興を考える上でも、より多くの海女さんのお話を聞いていきたいです。また漁村は海女さんだけでなく、漁師さんや他の様々な住民、関係者がいて成り立っています。そこを理解しながらフィールドワークを続け、漁村の構造を総体的に把握していきたいです。もう1点は、韓国の海女さんについてです。日韓の海女さんの交流の歴史や、双方の文化についてより深く知ることで、漁村の暮らし、あるいは伝統文化の多様性を理解していきたいです。それは、国家という近代的な制度にどう向き合うかという問題にもつながっていると思います。

最後になりますが、わたしがお話ししたことはあくまでわたしの経験から導かれたものです。ぜひ皆さんに鳥羽志摩や全国の漁村に出かけ、海女さんとお話ししたり、漁獲物を食べたりして、自分なりに色々感じて、考えてみてください!

研究者情報


吉村先生の写真

人文学部・海女研究センター

助教 吉村 真衣(Yoshimura,Mai)

専門分野:社会学

現在の研究課題:文化遺産、観光と地域社会

【参考】
人文学部HP https://www.human.mie-u.ac.jp/

海女研究センターHP http://amakenkyucenter.rscn.mie-u.ac.jp/