データは口ほどに物を言う: 医療・介護における情報工学の応用 〜認知症と運動機能の評価からユニバーサルデザインまで〜

2018.5.15

インタビュアー:広報室

今回は工学研究科 電気電子工学専攻川中 普晴(かわなか ひろはる)准教授にインタビュー取材を行いました。

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-先生の研究内容について教えてください。

川中もともとの専門分野は、ソフトコンピューティングという分野でした。何それ?と思われるかもしれませんが、いま流行の人工知能みたいな話と思っていただくのが一番想像しやすいかもしれませんね。この分野で工学研究科を修了した後に医学系研究科に在籍していたのですが、そこで医療情報学という世界に出会いました。それから医療や福祉に関わる情報システムやそれに関連する技術をメインに研究しています。

-介護施設における認知症評価システムに関する研究をされているそうですが、それはどのような研究ですか。

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川中以前、医用画像処理に関する研究発表のために国際会議に参加した時に海外の研究者の方と知り合いになり、そこで認知症に関する研究を知りました。認知症の評価テストはいろいろなものがあるんですが、その中に「時計描画テスト」というものがあって、そのテストでは認知症の人や高齢者に時計を描いてもらうんです。例えば「2時50分の絵を描いてください」と言って描いてもらうと、空間認知機能が正常だと正確な時計の絵が描けるんです。しかし、認知機能が衰えてきたり、障害があったりすると文字盤が正確に描けなくなったり、2時50分ではない時間を指していたりするんですよ、信じられないかもしれませんが。

通常、ドクターや介護施設の職員さんや資格を持つ人が認知症の評価をしているんですが、今行っている研究では、画像処理の技術を使って書かれた絵の特徴からどのタイプの認知症なのか、どの程度認知機能が落ちているのかを評価するための方法について検討しています。この研究はイギリスのカーディフ大学へ学生さんを短期留学させていたりしますね。

最近は、介護の現場の方と話をさせてもらいながら、自分たちが進めてきた研究や技術を使うことによって運動機能を評価するための取り組みも進めています。一般的に、高齢になると認知機能が落ちるとともに運動機能も落ちてきます。介護施設のスタッフの方によると、なるべく運動機能を落とさないことがQOL(クオリティー・オブ・ライフ:生活の質)を保つ上で重要であると言われています。ですので、介護施設では機能訓練を毎日やっているところも少なくありません。とても簡単な運動なのですが、その訓練によってどれくらい足が上がっているのか、どれくらい動いているのかを確認しています。しかし、それだけでは評価する人の個人差によって評価がばらついてしまいます。そこで、運動機能が落ちていることを数値的なデータで測定する測ることができたら、それに合わせてケアの種類や方法を変えることができるのではと考えました。

現在、施設で行うことのできるレクリエーションから運動機能が評価できるようなシステムについて開発を進めています。ここでは、ボールを持って運ぶゲームや旗挙げなどの簡単なゲームの様子を動画で撮って手や足がどれくらい動いているのか、その動画によってどれくらい運動量があるのか数値的に評価できるのではないかと考えています。このような取り組みを県内の介護施設と共同で進めています。

-介護施設で会話型ロボットを使われていたそうですがどのようなそれはどのような取り組みですか。

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川中以前、ロボットセラピーの研究をされている先生とお話することがありまして、会話することは認知症の予防になるという話をうかがいました。そこで、会話ができるロボットを使って認知症の進行度を評価ができないものかと。そのロボットを使うと、読み聞かせや簡単なクイズ、計算問題を出すことができるんです。通常、認知症のチェックテストというと、例えば「今日は何月何日ですか」、「ここはどこですか」という質問をし、点数をつけていき、その点数によって認知症の度合いを判断するのですが、高齢者の方々はやりたがらないんですよ。高齢者の方は「テストをします!」と言うと張り切って頑張ってしまうので、その時だけ認知機能が一時的に上がってしまいます。そうすると正しい評価ができなくなるという問題が出てきてしまいます。

このような背景から、研究室ではロボットとの会話の中から認知症の進行度をするための技術を研究していました。このロボットは今はもう使っていませんが、このテーマで一番問題なのは音声認識の部分なんです。高齢者の方々は様々な方言が入っていたり声がこもっていたりするので誤認識してしまうケースが多かったんです。自分たちでも音声認識の改良なども試みましたが、もっと大規模な音声データの収集などが必要であったため、なかなか難しかったですね。まだまだ解決しなければいけない課題は沢山あります。今後このような分野に興味ある方がたくさん出てくることを期待しています。

-3次元把持体データ分析について研究されているということですが、それはどのような研究ですか。

川中実は、3次元把持体データの研究に至るまでには様々な経緯があるんです。自分の経歴はちょっと変わっていまして、工学研究科の博士後期課程を修了した直後に、医学系研究科の博士課程に入学したんです。もともと医療に興味があったのと、情報工学の分野を研究していたので、自分のやりたいことをやってみようかなと。それで、医学系研究科に在籍している間にベンチャーにも興味が出てきて、株式会社医用工学研究所という会社を創業しました。あまり知っている人は多くないかもしれませんが、病院では沢山の情報システムが稼働していて、それらのシステムの中には診療情報が日々蓄積されていきます。この情報は今後の臨床研究や病院の経営のために非常に重要なのですが、それぞれの情報システムに分散して蓄積されていたりするんです。それを統合して利活用するにはどうしたら良いのかという課題を解決するために、当時の医療情報部で大学院生をしていた先輩と私の2人で会社を立ち上げたんです。その会社の仕事を通じて出会った方が、当時盛岡にあった株式会社ドリームアクセス(現:株式会社バンザイ・ファクトリー)の高橋和良社長でした。高橋社長との出会いがこの研究のきっかけですね。

現在、高橋社長は医療IT業界からは引退されておりますが、引退後、ITを使った木工をやりたいということで"我杯"という製品を販売されていました。我杯は木製の杯で、その人それぞれの手形が彫りこまれています。作り方としては、まず、製品となるものと同じような形の素材に粘土のようなものを付けて、それを握って握り型をとります。これを把持体と言いますが、この把持体を三次元計測して把持体の3Dデータを作ります。その3Dデータを使って切削機をコントロールしながら各人の握り型に合わせて溝を削って作るんです。この我杯は記念品として使われることが多く、有名人が使っていたり、有名人に贈られていたりと、実は様々なところで使われているんですよ。

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-握ってもらってできた手形をもとに製品をつくるのですね。

川中そうですね。実はこの製品の中には自分の「握り」に関する様々な情報が入っているんです。具体的に言うと、どれくらい指の角度が曲がっているのか、どのあたりが窪んでいるのかといったような情報ですね。この情報を分析すれば「握りやすさ」、もっと大げさに言うとユニバーサルデザインをなんらかの数理モデルとして表すことができるのではないかと。ユニバーサルデザインの数理モデルを作ろうと思うようになったきっかけは、ノースカロライナ大学のユニバーサルデザインセンターがユニバーサルデザインの指標を調べた時です。ここでは、誰でも公平に使えること、使いかたが簡単で直感的に理解できることといったような7つの概念が定められているのですが、工業製品を作るにはどうしても数値的な指標が必要になる、しかしそのようなものは一切書かれていない。それじゃあ、「握りやすい」物を作るための基準、数値的な指標、もっといえば数式ができればという話になり、高橋社長とこの研究を始めたんです。

その後、自分たちのグループでは我杯の3Dデータから画像処理を行い、どのぐらい窪んでいるのかなどを数値データ化し、指標作りに応用するための研究を進めていました。そんな中、2011年3月11日、あの東日本大震災が発生しました。その震災復興支援に関する取り組みの一部として東北岩手の素材を活用してiPhoneケースをつくらないかという話を高橋社長からいただきました。我杯の技術を応用して木製のiPhoneケースを作る、そこに自分たちが今まで分析してきた結果得られた知見を取り入れた製品を作ろうと考えました。しかし、これが面白いほどうまくいかないわけです。我々はデータ分析の方法や握り方の特徴についてはたくさんの知識やノウハウをもっていましたが、いざ製品にするとなるとそれだけでは不十分だったんです。なにが不十分だったかというと、デザイン、もっと言うと格好良くないとダメなんですよ。作った試作品は無骨な造りでダサかったんです。

そこでいろいろと悩んだ結果、東京の武蔵野美術大学の田中桂太先生にお願いしてケースの形状デザインしてもらうことになりました。田中先生には我々の研究成果を見てもらい、その内容を参考にしながらケースをデザインしていただきました。田中先生もデザインにするにあたって様々な形状のケースを試作されたそうですが、一番持ちやすかった窪みの形状情報が、我々が我杯のデータから算出した値とほぼ一致したそうです。この話を聞いた時は、さすがに興奮しましたね。

こうして、岩手の木や岩手の漆を使った木製のiPhoneケースは、武蔵野美術大学の産学連携の成果としても発表され、現在はドコモショップやiPhoneケースを扱っているお店でも売られています。最初はユニバーサルデザインを数理モデルで表現するという内容でスタートしたのですが、いろんな人との出会いがあって、このiPhoneケースは完成しました。高橋社長、田中先生、我々の研究グループ、どれが欠けてもできなかった仕事だと思っています。研究のきっかけを与えていただいた高橋社長、自分たちにはできなかったデザインという部分で助けていただいた田中先生には本当に感謝ですね。現在、この産学連携の内容については、産学連携学会に論文として投稿しています。

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-iPhoneケースや我杯の他にも何か作られているのですか。

川中現在は主にこの2点を製造・販売しています。しかし、握った時にどこに力が入っているのかという情報はどこにでも使えると思います。だからこのiPhoneケースにも応用が利いたので他の分野にも展開は可能だと思います。ビジネス的に見ると、iPhoneケースのシェアはとても高く、iPhoneはモデルチェンジが他のスマートフォンと比べてそこまで早くありません。また、非常にデザイン性を好む人が多く、一度iPhoneを使うとずっと使い続ける人が多い傾向にあります。こうした理由から、今回はiPhoneケースに焦点を当てたわけです。

-データ分析を他の分野にも応用できるのではないかということですが、現在何か案などは考えていらっしゃいますか。

川中福祉用具に応用していきたいですね。自分が行っている研究が医療や福祉の分野に近いので、そこで何か応用できると面白いかなと思っています。今後、日本では急速に高齢化が進んでいくと思います。その高齢化社会が抱える問題に対してITや人工知能などいろんな技術を使って解決策を提案していくことが我々コンピュータサイエンス研究者の使命なのではないかと考えています。三重大学は三重県にある大学ですから、地元の企業や自治体と積極的に連携しながらこのような問題に対して取り組んでいくことが重要であると思っています。

-今後の目標を教えてください。

川中最近では県内の市町村など、地方自治体の方々との仕事も増えてきました。昨年、官学連携事業で志摩市の方にお世話になったのですが、志摩市でも人口の減少と少子高齢化問題となっているそうです。どれくらい深刻かというと、全国や三重県の平均は日本の10年後くらいの姿であると言う研究者もいます。しかし、これは志摩市に限らず県南部ではこのような(もしくはこれ以上の)高齢化が進んだ地域が沢山あります。しかし、このような地域を絶対に見捨てることはできない。そこで、情報技術を積極的に活用しながら新しい医療やヘルスケア、介護などの関する取り組みができればと思っています。

たとえば、高齢化が進む集落ではお年寄りの医療や買い物、介護などが深刻な問題となっています。このような問題に対して何か手助けできるようなソリューションを提案していきたいなと思っています。基礎技術の部分については大体完成しているので技術的にはできると思うのですが、あとは仕組みの問題だと思います。医療や福祉には法的な壁や行政上の問題など、技術とは別の壁があるので、そこをどのようにクリアしていくかが重要だと思っています。

さらに、時代はIoTの時代になりつつあると思います。IoT(Internet of Things)とは日本語にすると「モノのインターネット」となりますが、要はいろんな機器がインターネットにつながって、そこから様々なデータが収集することができる、そんな時代になりつつあります。このような仕組みを積極的に活用することで、例えばインターネットに接続された家電製品やテレビ、センサなどの情報から認知症の進行度や運動機能を測ることができるようになるかもしれません。さらに、その集めたデータを福祉用具や家具などを作る時に活用できると思います。今後は、このような取り組みを三重から世界へ発信していくことができればいいなと思っています。

研究者情報


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工学研究科 電気電子工学専攻

准教授 川中 普晴(Kawanaka,Hiroharu )

専門分野:ソフトコンピューティングとその応用 医療情報学 福祉情報工学 文書画像処理 医工連携

現在の研究課題:3次元把持体データ分析に関する研究
        医療文書認識と類似症例検索に関する研究
        介護施設における認知症評価システムに関する研究

【参考】

工学研究科HP http://www.eng.mie-u.ac.jp/

教員紹介ページ(川中 普晴) http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/1199.html

川中 普晴HP http://www.ip.elec.mie-u.ac.jp/~kawanaka/