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幸せな人はより幸せに、困っている人は困らないように

2018.12.17

今回は、医学系研究科の今井 奈妙(いまい なみ)教授にインタビュー取材を行いました。

写真:今井先生

-まずは、今井先生の専門分野を教えてください。

今井専門分野は、臨床環境看護学と言いたいのですが、実は既存の看護学にはそのような名称がありません。しかし、臨床環境医学はありますので、臨床環境看護学もあってよいのではないかと思います。"Environmental(環境)"よりも"Clinical ecology(臨床生態学)"を看護の視点からとらえることに興味を持っています。

看護学における環境の概念は広く、物理的環境、生物的環境、文化・社会的環境などに分けられ、その全部が健康に影響すると考えます。現在の看護の仕事は、人が病気になった状態から回復する過程で実践されていますが、「病気にならないようにする看護」もあってよいのではないかと思います。ですから、健康障害のリスクとなる環境因子について真剣に考えられる看護師を増やしたいのです。環境変化により、アトピー性皮膚炎や花粉症などの患者さんが増えていると言われています。また、がんという病気についても環境の影響は大きいと思います。日常生活上で使われる有害なもの、つまり、病気の因子を減らす活動が重要になっていると考えています。

写真:文献・書籍、研究室にて

-では、現在はどんなテーマで研究をされているのですか?

今井現在の研究テーマは、「社会的潜在支援力の強化による環境病患者サポート体制の確立」です。これは、今年4月から科研費をもらって開始しました。実は、環境病という病名は正式な名称ではありません。シックハウス症候群や化学物質過敏症等の総称として「環境病」と呼んでいます。化学物質過敏症は、どこに行っても原因物質が存在すれば症状が出ますし、発症メカニズムも解明されていません。今の社会では、到底原因物質をゼロにはできず、対策をとれないのです。その結果、医療者は、「環境病」に着手し難く、患者さんは医療者に助けてもらえない集団になってしまっています。

「社会的潜在支援力」とは、世の中に眠る支援力2つを指しています。環境病の患者さん達の自助グループは小規模で、全国に点在し、大きな組織に成長していません。患者さん達が協力できる大きな組織を作ればサポート力が強化されると考えます。これが、1つ目の潜在的支援力です。2つ目は、就業していない看護師による支援力です。看護師免許を持っていながら働いていない看護師は多く、これも眠れる力であると思います。活用次第で大きな支援力になる患者団体と潜在看護師の能力は、社会的にもったいない存在であると思います。

具体的には、4年間かけて4つのプロジェクトを進めたいと考えています。まず、患者団体の活動の実際を追跡調査すること。次に、患者団体のサポートをすることです。環境病の患者さんは、公共交通機関が使えなかったり外出できなかったりで、集まって話し合ってもらうことが難しいため、インターネットを使った交流の場を提供し、患者団体の活動を強化していきたいと思います。さらに、就業していない看護師さんに、WEB講義で臨床環境看護学を学んでほしいのです。臨床環境看護学は、環境病の患者さんへのケアであると同時に、健康な人をより健康にするための知識とも言えます。最後に、臨床環境看護学を学んだ看護師さんに環境病の患者さんのところへ訪問看護に行ってもらうことを目指しています。なかなか難しい内容ですが、まだ始まったばかり。これからです。

写真:著書・書籍、研究室にて

-先生がこれまで続けてこられた「化学物質過敏症看護相談室」について教えてください。

今井三重大学に来てから12年ほど化学物質過敏症の患者さんやその家族のための看護相談室を続けてきました。最近ではweb上に化学物質過敏症の情報が多く存在するので相談室を閉じましたが、始めた当初はかなり賑わっていました。化学物質に曝露するので病院へ行けないという患者さん達の訴えを研究室で聴き、アドバイスをし、症状がよくなっていく様子を調査してきましたが、この方法には、比較的元気な患者さんの偏った相談に応じることになるという問題がありました。また、学外の診療所を間借りして相談活動をやったこともあります。大学内よりも患者さんを助けてくれる人達とのネットワークを作りやすかった点はよかったのですが、やはり診療所まで来てもらうことが化学物質の曝露につながることや、看護相談室の料金システム上の課題がありました。相談室や診療所に来られる軽症の患者さんがいる一方で、家から出ることすらできない重症の患者さんもいる。本当に支援を必要としている患者さんへ手が届かないことに歯がゆさを感じ、訪問看護師を養成するという今の研究テーマに至りました。

写真:今井先生、研究室にて

-研究についてたくさんお伺いしました。次は、先生ご自身のことについても少し伺いたいと思います。今井先生はもともと看護師をされていたと伺いました。看護師から、研究の道に進んだきっかけはどんなことだったのでしょうか?

今井ひとことで言ってしまえば、看護の世界への疑問です。まず、看護の仕事が、患者さんありきで始まることが辛かったです。次に、看護という仕事の効率の悪さが疑問でした。看護は良い仕事ですが、いくら良い看護をしても一対一。それならば、自分の知識を多くの学生に伝え、その知識を持つ学生が臨床に出てくれたほうが効率的に患者さんを救えると思い、教育・研究に従事しようと思いました。

-今後の目標は?

今井トータルヘルス社会の実現ですね。これは、現在のところ、「人にとってあるべき健康を目指した疾病の治療や予防にとどまらない包括的なヘルスケアシステムの構築された社会」と定義されています。生きること自体が健康で幸せになれる社会、良いと思いませんか?

学生から、「先生は環境病を専門に看る看護師を養成したいのですよね?」と言われます。それは誤解です。もちろん環境病の患者さんも救いたいですが、病気を研究しているわけではありませんし、病気の機序や治療法の探求は、看護師が専門とするところではありません。環境病の患者さんは、薬を飲めなかったり、注射を打てなかったりと、現在の医療が対応できない患者さんです。しかし、薬や手術という医療に頼らず、もっと根本的な生活基盤の修正で体調改善ができる患者さんですから、言わば、看護の力をより明確に測定できる研究対象でもあるのです。

病名は、看護学にとっては情報のひとつです。看護学は、病気を治すのではなく、人を看る学問です。誤解を恐れずに、呆れられることを恐れずに言えば、病気になった人をお世話する看護師ではなく、患者と呼ばれる存在を作らない看護師を育てたいと思っています。

研究者情報


写真:今井先生

医学系研究科 看護学専攻

教授 今井 奈妙(Nami Imai)

専門分野:基礎看護学、臨床環境看護学

現在の研究課題: 社会的潜在支援力の強化による環境病患者サポート体制の確立

【参考】

医学部看護学科HP http://www.medic.mie-u.ac.jp/nur/

教員紹介ページ(今井 奈妙) http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/1839.html