混迷な時代を生き抜くための哲学的思考とアートの力

2019.6. 5

インタビュアー:広報室

今回は人文学部 文化学科の田中 綾乃 (たなか あやの)准教授にインタビュー取材を行いました。

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-先生の研究内容について教えてください。

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田中18世紀のドイツの哲学者のカントを研究しています。カントはヨーロッパの近代哲学の金字塔と言われる哲学者です。カントのテキストの中でも有名なものは、『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』というタイトルの三批判書で、それぞれ哲学の根本的な問いの「真とは何か?」、「善とは何か?」、「美とは何か?」に対応しています。「真」というのは"本当"とはどういうことなのか、「善」は倫理や道徳の問題、「美」は美学や芸術学の領域を扱った問題です。私の研究テーマは、カントが「美とは人倫的善の象徴である」と述べているのですが、美の問題と倫理的なことがどのようにつながり、連関しているのかを考えています。

-カントの哲学の特徴は何ですか。

田中カントは、三批判書を通して「人間とは何か?」という問いを考察し続けました。中でもカントの認識論は、近代以降のものの見方の根本を作っているとも言えます。その一例として、木の葉は本当は何色なのか、ということを考えてみたいと思います。たとえば、楓は新緑の季節にはさわやかな緑色、秋になると黄色や赤色に美しく紅葉します。通常、私たちは楓の葉そのものに色があり、それが変化するから、私たちには緑色に見えたり、紅葉の季節には赤色や黄色に見えると思っています。しかし、よく考えてみれば色というのは相対的なものです。というのも、犬は色彩を認識できないと言われていて、犬にとっての世界の色はモノクロですから、犬が見る楓の葉は、一年中、いつ見ても白黒なのです。私たちは、楓は本当は紅葉しているのに、犬には紅葉がわからないんだなあ・・・と思うかもしれません。しかしながら、私たちが認識できる色の範囲というのも、赤から紫の間ですから、赤外線や紫外線は色としては認識できません。もし、それらを色として認識できる生物がいるならば、きっと木の葉は緑色ではなく、違う色に見える可能性があるわけです。そうすると私たちが木の葉を緑や赤として認識しているのは、あくまで人間にとっての見え方であって、木の葉が本当は何色なのかというのは、わからないということです。私たちは、まず世界が普通に存在していて、その姿をありのままに見ていると考えていますが、このように世界が見えるのは、人間が見ているからであって、世界が本当はどのような色や形をしているのかは、実はわからないというのがカントの一番の根本的なところだと思います。世界が「ある」から「見える」のではなく、私たちが「見る」から世界は「ある」。このような考え方を見出したのが画期的で、カントはこの考えを天動説から地動説を唱えたコペルニクスになぞらえて、認識の「コペルニクス的転回」と呼びました。この発想の転換がその後の自然科学の発展にもつながりますし、近代的なものの見方の基本を形作ることになります。

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-カントの著作は難解であるため、読み解くのが難しいそうですが、どのように読み解いていくのですか。

田中カントに限らず哲学というものは、他者が考えた思想ですから、それを理解するのはどれも難しいです。基本的なのは、テキスト読解ですが、一字一句、丁寧に読むしかありません。読む量ではなく、読む深さであると学生にはよく言います。また、参考書を見ながら様々な解釈を確認してテキストと向き合うしかないですね。テキストからその哲学者がどのように考えていたのか、論理的な分析と想像をしながら読み解いていくのは、他者との対話でもあります。ですから、少しでも理解ができると、その思想を深めることができますし、地味な作業ですが、そこに喜びがあります。

-先生は、演劇批評や歌舞伎の解説などもされているそうですが、演劇や歌舞伎の魅力を教えていただきたいです。

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田中もともと私自身も演劇をやっていたということもあり、演劇が好きですから、純粋に舞台を観ることが自分にとってのリフレッシュになります。私は劇評も書いていますが、演劇も哲学と同じで、アーティストという他者が創造した作品です。それゆえ、作品にはアーティストの思想や感性、想像力などが織り込まれています。哲学も演劇も他者の作品と自分が対峙することによって、自分では思いつかないような表現や考え方に出会うことができるので、新しい発見や驚きがあると、とても刺激を受けます。
歌舞伎は、日本の伝統芸能のひとつですが、小さい頃から観ていたということもあり、いまは縁があって歌舞伎の解説をさせていただいています。歌舞伎もちょうどヨーロッパの近代哲学が開花した時代に、日本で発展した芝居文化です。西洋と日本とでは文化や風習は異なるものの、歌舞伎で描かれている物語には普遍的なものもたくさんあります。歌舞伎の作品を見ていると、ヨーロッパのシェイクスピアやラシーヌに劣らず名作があるのですが、現代の日本ではシェイクスピアの作品は知られていても、歌舞伎の名作が知られていないのが残念です。歌舞伎に対する私の興味は、歌舞伎特有の様式美も含めて、歌舞伎で表現される「美しさ」が何なのかという点です。

このように考えてみると、私自身にとっては、哲学と演劇のどちらも必要で、どちらが欠けても自分を保てないと思っています。というのも、哲学は論理的に考え思考を深めていくものですが、演劇は感受性や感性、想像力にアプローチをするものです。その両分野に携わることで、私自身のバランスを保っているのだと思います。良い舞台作品を観て、自分が豊かになっている時に、カントのテキストに向かうと色々とアイデアが湧いてくるので、やはり両方が欠かせません。

-今後の目標や、やりたいことを教えてください。

田中今の時代はどうしても目先の利益にとらわれて、効率性や役に立つことが良しとされています。ですが、長い人生の中で、それまでの価値観ではうまくいかなかったり、迷ったり立ち止まったりすることもあるでしょう。そのような時に、哲学者の思想や自分が想像もしないような作品を見せてくれるアートは、人生を見直す一つのきっかけになるのではないかと思います。その意味で、哲学および演劇を含めたアートの魅力を発信し続けたいと思っています。学生たちが将来、どのような職業に就き、どういう人生を歩むかはわかりませんが、日常の当たり前を疑い、そもそも物事の根本や本質は何であるのか?と考える思考は大切な視点なので、そのような哲学的思考を身に付けてほしいと思いながら授業をしています。混迷な時代であるからこそ、自分自身で考えるという哲学、そして、新たな表現を試みるアートの魅力を伝えていきたいと考えています。

研究者情報


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人文学部 文化学科

准教授 田中 綾乃(Tanaka,Ayano)

専門分野:西洋哲学

現在の研究課題:カント哲学における美と象徴の問題 、演劇論(演劇批評)

【参考】

人文学部HP http://www.human.mie-u.ac.jp/

教員紹介ページ(田中 綾乃) http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/2598.html