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02_三重大学平倉演習林で採集された昆虫標本の市民によるカタログ化と成果発信

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

2015年発行の三重県レッドデータブックの掲載種は、改定前より259種増加しており、生物多様性保全の必要はますます高まっている。地域の多様性保全のためには、市民一人一人が地域の自然に目を向けるようにならなければならない。近年、標本展示や一般市民対象の自然観察イベント等が多く企画されるようになった。しかし、「自然保護」のような概念に対して、「生物多様性」というのは実感しにくい概念である。そこで、「生物多様性の保全」について市民に理解し、考えてもらうためには、通常の自然観察より一歩踏み込んだ工夫が必要となる。

昨年、三重県総合博物館の敷地内から世界で2匹目の確認となるハチ(ホソクビカマバチ属の一種)が発見され、市民の注目を集めた。また、最近、カメムシでも東大の構内から新種発見の報告があった。昆虫は、全生物群の種数の6割、100万種以上を数える最もよく種分化した生物として知られており、身近な場所で新種・新産地などの発見が得られる可能性が高い。そのことからも、昆虫は、一般の市民に生物の多様性を感じてもらうのにふさわしい生物の1つと考えられる。

「多様性」を実感してもらう活動の一環として、過去に三重大学平倉演習林で灯火採集され、三重県総合博物館に保管されている大量の昆虫を、市民の手で撮影・カタログ化する活動を提案したい。これまで箱に入ったまま中身がわからなかったものを分類群ごとに仕分けして、画像を博物館のフェイスブックなどに掲載することで、有志・専門家による同定を促進できる。実際に昆虫を手に取ったり、間近に見たりすることを通じて、参加者は、一見同じように見える昆虫の多様性に気がつくと思われる。また、同定までのプロセスに参加することによって、参加者が「発見」の面白さを共有でき、生物多様性研究の基礎となる標本資料の重要性を理解できる。

以上のように、本活動の目的は、活動を通じて参加者が生物の多様性に関心を持ち、多様性保全について身近に感じるようになることである。また、参加者の関心が一般市民とも共有されることで、地域の多様性保全を考える基盤の形成が促進されると考えられる。

2.活動地域と内容

まず、三重県総合博物館で分類群ごとの仕分けと写真撮影を行う。昆虫の扱いについては、三重県総合博物館で定期的に行っている市民講座で実習を行っており、その参加者を中心に作業をすすめることが可能である。その後、すべての昆虫の写真撮影を行い、採集日時などのキャプションを加えてカタログ化する。同定は博物館の学芸員や博物館を中心に組織された昆虫愛好家、三重大学学生などで協力して行うとともに、画像を博物館などフェイスブックなどに掲載して同定を呼びかける。同定の結果、種名がわかったら、種名を手がかりに、三重県での分布の有無(多・少)、レッドデータブック掲載種かどうか、形態的特徴、その他の性質などについて、カタログに記載していく。この過程で、新種・新産地と推定されるものについても記載し、別途、詳細な解析を進める。

3.期待される活動成果等

今回、活動の対象とする三重大学平倉演習林採集の昆虫は、一地域において何年にも亘って採集されたものであり、この地域に棲む灯火採集で得られる昆虫が網羅的に収集されていると考えられる。このようなコレクションは全国的にも貴重であり、これらの昆虫を精査することで、三重県中部の昆虫相について、新種・新産地報告を含む新たな知見が得られると予想される。これらの知見は、論文として発表される他、報道・展示などを通じて市民に広報され、市民の関心を高める効果を持つと考えられる。

一方、大量の昆虫は研究者数人だけで研究するのは不可能であり、その整理には市民の協力が必要である。今回提案する活動の参加者は、写真撮影、カタログ化を通じて、昆虫分類研究の現場に参加し、新たな発見に立ち会うこともあり得る。従って、活動成果としては、昆虫分類学の新知見を発表すること以外に、参加者が、生物多様性研究の一分野としての昆虫分類学を主体的に理解できるようになることも挙げられる。活動の様子や成果は、大学の生物学の授業の中で紹介する他、博物館のHP, 展示などでアピールし、活動そのものに対する市民の関心や理解も広げていく予定である。 

→2020年度活動状況報告書