clear
31_地域の農業水利施設管理の高度化と標準化言語を利用した汎用化(継続3年目)

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

近年、三重県をはじめ全国の農業従事者は高齢化と減少が予想され、農地に水を送る農業水利施設の維持管理が難しくなります。人員不足のために、堰の「開け」「閉め」の操作を適正に行わないと、水が必要な水田に水が届かず、また逆に水路が溢れて無駄水が流れてしまいます。このような「管理操作」は勘やノウハウあるいはローカルルールであり、マニュアル化されていない情報です。これらは「暗黙知」と言われ、地域の農業水利施設の維持管理では大変重要です。これらの水管理は少数の特定の人が長年にわたり担当される場合が多く、施設管理者の高齢化や引退によって「管理作業」の情報は容易に失われてしまいます。これらの「暗黙知」を「形式知」にするために、地理情報システム(GIS)を活用して、地図上に技術情報を記録することで、維持管理技術の「形式知」化を図り、今後の農業水利施設を高度化や省力化することにより施設のさらなる活用が見込まれます。本活動では、病院のカルテ情報管理の仕組みを流用して「形式知」を構築します。具体的には、コンクリート水路などのハード施設を人間に見立て、健康診断歴、病歴、投薬歴、治療歴などを記録するカルテをつくるイメージです。

農業者に代わって土地改良区が水管理する既存の農業水利システムは、土地改良区毎に異なる特別なシステムが用いられています。三重県では多くに農業水利施設が老朽化しており,早急にシステムを更新しなければいけない状況です。しかし,農業水利システムは汎用性が乏しいため,メーカーの言い値で高額な費用が掛かります。そのため,多くの土地改良区では更新費用を捻出できず、既存のシステムをだましだまし使っています。そのような中,昨年内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」の成果を活用した「農業データ連携基盤」(通称:WAGRI)が公開されました。WAGRIは,従来システムごとに異なっていたデータの定義や形式などをWeb APIにより統一したインタフェースを介してアクセスすることを可能にし,農業ICTの普及を加速する目的で開発が進められています。既に栽培の分野ではいくつかアプリケーションも発表されているようですが,水管理の分野では開発が遅れています。そこで,この事業ではユーザから見える水管理の部分が汎用化されて、それぞれの土地改良区で共通のシステムを利用可能になるWAGRIベースの水管理システムの開発を目的とします。データの定義が標準化され,さらにその規格が公開されているので、これからの次世代農業水利システムの導入コストを劇的に低下させる可能性を秘めています。

2.活動地域と内容

三重県の農地は,中山間地と呼ばれる農業活動に不利な地域と,北勢から中勢地域の海岸部に位置する平野部に存在します。中山間地は,地形的な制約から一筆の水田面積が小さく,集約化が困難で,水管理作業の負担も大きい地域です。これに対して平野部は比較的大きな水田が広がりますが,都市化の影響を受けて,都市排水の混入やゴミの不法投棄などの問題を抱えています。本事業では,中山間地の代表として多気町勢和地域にある立梅用水を,平野部の代表として鈴鹿市白江野用水を対象地域に考えています。

立梅用水では、これまで農研機構の研究チームが「農業水利施設の管理情報継承のためのGISデータベース」(VIMS)のテストケースとして使用してきました。この事業によりVIMSの開発事業期間終了後撤退が予定されていたVIMSの運用が継続されて,立梅用水における水管理実態の「形式知」化を行いながら、「灌漑管理作業情報」を取り扱うノウハウを確立しつつあります。本活動では、VIMSシステムの開発チームが共同実施者となっており、データベースに容易にアクセス可能であることから、本活動は事業目的の達成は実現性が高いと考えています。

また、対象地域は、世界かんがい遺産にも登録されている歴史ある地域です。一方で、多くの大学の研究フィールドとして活用されており、大学研究への理解が深い地域でもあります。

白江野用水では,学内実施者の長屋らにより開発された農業水利システムが運用されております。遠隔にあるゲートや除塵機,揚水機などの農業水利施設の制御と監視機能が実装済みなので,地元の要望が強い水路の水位監視による都市排水の混入防止を試みます。この土地改良区で開発された既存農業水利システムのICT化を実施したノウハウを流用しながら、汎用的で安価な農業水利システムの構築に向けた活動を行います。

3.期待される活動成果等

農業用水も地域の中においては、管理が経験的で、実際にどこでどれだけ使われているか不明な点が多く、多くの無駄水が生まれている可能性があります。これらの経験的な部分をGIS情報で明らかにすることでより、高度な水管理を少人数で行うことが可能となり、これからの農村地域の農業用水維持管理の新たな一歩となると考えられます。すなわち、この種のツールを駆使することによって、経験の浅い就農者であっても、地域を支えていく担い手の一員に育っていく可能性が確かなものになっていきます。

また、地域での降雨や貯水などの状況も地域全体の様子が総合的に見えてくることから、山腹を流れる農業用水路や溜池などが持っている洪水緩和機能など新たな機能の発見やその有効性にもつながる可能性があります。

さらに、農業水利システムを標準化規格のWAGRIベースで記述することにより、システムの汎用性が向上し、高額な費用負担が原因でシステムを更新できない改良区には朗報となります。また、併せてICT対応とすることにより、毎年、各地で農家の方が大雨の際に田畑や水路の監視に出かけて命を落としているその事故件数を確実に軽減できます。

→2019年度活動状況報告書