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31_生産者と学生が協働で作り出す新しい稲作経営のかたち

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

我国の稲作経営は大きな転換点を迎えている。国が各県に割り当ててきた生産数量目標(需給調整政策)が平成30年度に廃止され、目標達成の見返りとして支払われていたコメの直接支払交付金も同時に廃止された。これまで多くの生産者は、大きく変動することのないJAによる買い取り価格と、コメおよび水田活用の直接支払交付金を合算することで、稲作経営からの収益を容易に予測することができた。これが、自然災害に脆弱な産業の従事者にとって、安心して稲作経営に従事できる大きな動機付けとなってきた。農業従事者の高齢化および離農には歯止めが掛からず、農業生産法人や基幹的農業従事者への農地集積が着々と進行している。直接支払交付金は、それを利用することで容易に収益を予測できることから、農業従事者が大規模化に踏み切る際にも大きな動機づけとなってきた。

コメの直接支払交付金が廃止された現在、その悪影響を軽減するために各種の施策が打ち出されている。しかし、「攻めの農林水産業」が現在の農林水産業政策の主流であることを考えれば、そうした各種施策が一過性の対処療法であることには疑いの余地がない。したがって、今後、行政およびJAによって手厚く保護されてきた産業から脱皮し、農業経営者が自らの責任において稲作を経営する覚悟が強く求められることになるであろう。

大規模化は、農業機械の稼働率向上や作業労働の効率化を通じて、稲作経営に少なからず利益を生み出している。その一方で、これまで実践されてきた、きめ細かい栽培管理が犠牲になる側面は否めない。古来「コメ作りは土作り」と言われ、生産者は家畜糞尿や里山の腐葉土といった有機物を自らの水田へ投入し続けてきた。現在、化学肥料が有機物を代替し、大規模稲作においては化学肥料投入を大前提として技術体系が構築されている。しかし2000年代以降、水田における有機物投入量の減少が地力低下ひいては生産性の低下を引き起こしている事例が全国で報告されている。それは三重県も例外ではない。一方で、有機農産物に対する消費者の需要は年々増加する傾向にある。

津市の東睦合水利組合(以下、組合)においても土地集積が進行してきた。組合の農業従事者は、新進気鋭の新規就農者が中心となって、JAや直接支払交付金に依存せず、自らの営業努力でコメを売り切る経営に挑戦し続けてきた。また、地力低下を抑制すると同時に消費者需要へ応えるため、有機物投入を主軸とする技術体系へ転換を図ってきた。稲作経営を取り巻く構造的問題へ果敢にチャレンジし、次代の経営モデルとなる可能性を秘めた組合である。

本活動では、社会調査演習という通年授業を受講する学生が組合の稲作経営を社会科学と自然科学の両視点から調査する。また調査結果に基づいて、稲作経営の改善点を提言しようとする。これらの協働を通じて、「新しい稲作経営のかたち」を模索しようとする。

2.活動地域と内容

社会調査演習では、地域農業における課題を発見し、農業従事者や行政担当者がその課題に取り組む上で有用な情報をエビデンスにもとづいて提言することを目的とする。学生はその過程で、課題発見能力やこれまでに学修した分析手法の適応・応用能力、解決策を導き出す能力、自らの分析結果や主張を他者にわかりやすく伝え、他者と建設的な議論を行う能力を身に付けることを目標とする。

【座学:三重大学】

稲作技術や稲作経営に関わる論文を精読し、我国の稲作が抱える問題を把握する。農業センサスなどのデータベースを活用し、地域の稲作経営を統計情報から把握する。収集した情報を元に農業従事者への聞き取り調査に用いる調査票を作成する。農業従事者への聞き取り調査を元に消費者調査に用いる調査票を作成する。消費者調査の結果を統計解析手法により分析する。また、圃場調査の計画を立案する。圃場調査で採取した検体を分析する。全ての分析結果を整理し、報告書を執筆する。

【聞き取り調査:組合】

調査票に基づいた農業従事者への聞き取り調査を通じて、農業従事者の技術的・経営的課題を把握する。

【水田調査:組合】

調査の基礎となる水田地図をGISで作成するため、各水田の位置情報を計測する。有機物投入の影響を調査するため、土壌および植物体を採取する。土壌および茎葉部の窒素含量を計測し、コメの収量を計測する。

【消費者調査:三重大学】

三重大学祭へ来場する消費者を対象に、組合で生産されたコメに対する消費者意識を調査する。消費者の消費行動も同時に調査することで、組合のコメを積極的に購買する消費者の特徴を明らかにする。

【成果発表会:組合】

農業従事者に対して調査結果を発表する。

3.期待される活動成果等

これまで組合の農業従事者は手探りで営業努力を重ねてきた。本活動の結果として営業努力の効果が定量的に評価されれば、確信的を持って効率的に営業戦略を策定することが可能となる。同様に有機物投入の効果が定量的に評価されれば、より効果的に地力を維持できる有機物投入の方法が見いだされ、持続的な技術体系の構築が可能となる。授業の受講生は、文献から得た情報を実際の事例で確認することにより、活きた知識を習得することが可能となる。また、「新しい稲作経営のかたち」つくりを経験した受講生の中から、地域つくりのリーダー的存在が排出する可能性もある。

→2019年度活動状況報告書