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30_地域住民の就労と治療の両立を促進するためのリテラシー教育プログラムの開発と,地域での展開

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

【背景】

日本では,高齢化に伴う生産人口割合の低下や,低い労働生産性から,労働生産力の低下が問題とされている。その解決策の一つとして期待されているのが,就労と治療の両立支援である。医療の進歩により,一部の疾患は治療を受けながらも就労を続けることが可能となっている。また,二次予防を目的とした受療行動も,労働者の健康を保ち,長期的な視座から重篤な疾患による離職を予防する上で重要である。しかしながら,就労と治療の両立は,現時点では広く一般に受け入れられているとは言い難い。その理由は,企業に両立支援を実行する体制が整っていないこと,医療者の制度と方法論への理解が乏しいこと,および労働者の理解と受容が進んでいないことが挙げられる。

【必要性】

本プロジェクトでは,労働者とその家族を対象とた「就労と治療の両立」に関する啓発活動と,そのためのリテラシー教育プログラムの開発を行う。現在,厚生労働省を中心として,企業および医療機関での両立支援の促進を目的とした事業が進められているものの,労働者へのアプローチは手付かずである。就労と治療の両立では,医療機関から企業への情報提供が必要であり,情報提供の際には労働者の同意が必要不可欠である。そのため,両立支援を円滑に進めるためには労働者の理解と受容が最も重要である。

就労と治療の両立に関して労働者の理解を得るためには,複雑な構造となっている既存のサービスを交通整理し,労働者に伝えることが重要である。「就労と治療の両立」に有用なサービスは,病休制度や労災,失業保険などの社会保険,生命保険の付帯条項,ハローワーク等での就労相談などがあるが,これらの実施主体や取扱窓口は様々である。労働者またはその家族が必要なサービスに辿り着くためには,サービスの取り扱い窓口を行脚しなければならず,時には必要なサービスに辿り着けないこともある。そのため,利用可能なサービスを交通整理し,ワンストップで労働者に示す必要がある。

【目的】

本プロジェクトの目的は,以下2点とする。(1) 地域在住労働者とその家族を対象とした「就労と治療の両立」を促進するためのリテラシー教育プログラムを開発すること。(2) 教育プログラムを地域で展開し,地域在住労働者の「就労と治療の両立」の関するリテラシーを向上すること。

申請者らは平成26年度より労災疾病臨床研究事業に参画し,主治医と産業医との円滑な連携について研究してきた。本プロジェクトでは,申請者らが労災疾病臨床研究事業に参画する中で得られた知見および培った知識・技術を,地域に還元することも併せて目的とする。

2.活動する地域と内容

【地域】

本プロジェクトは三重県名張市で活動を行う。三重県名張市は平成29年3月に「まちじゅう元気推進都市宣言」を行い,職域保健に重点的に取り組んでいる。名張市の取組は本プロジェクトの目的と親和性が高く,相乗効果が見込める。

名張市内には3000前後の事業所が存在するが,その多くが中小規模であるため,産業保健職へのアクセスが悪く,就労と治療の両立を実現するためには障壁が大きい。また,名張市は大阪府や奈良県および三重県津市のベッドタウンであるため,市域の企業のみに介入しても,就労と治療の両立への影響は限られる。そのため,名張市で就労と治療の両立を推進するためには,医療機関や企業への介入以上に,労働者への介入が重要である。

申請者らはこれまでにも職域保健や治療と就労の両立で名張市と連携しており,友好的な関係を築いている。そのため,本プロジェクトを円滑に進めることができる。

【内容】

本プロジェクトは,リテラシー教育プログラムの開発と地域での実装の2段階で構成する。

まず,地域住民や労働者が持つべきリテラシーを特定し,教育内容の概要を設計する。ここでのリテラシーは,知っておくことで就労と治療の両立を円滑に進められる事項であり,具体的には「両立支援に関する基本的な事項」「就労と治療の両立に関する会社内の規定」「就労と治療の両立に有用な行政サービス」などを想定している。申請者らがひな型を作成し,産業医や産業保健師,社労士などの有識者を対象としたフォーカスグループおよびコンセンサスメソッドを通じて内容の妥当性を保証する。これらの事項は,労働者が疾患と就労の継続とで困った際に必要な情報を視認性良く閲覧できるように,リーフレットに簡潔にまとめる。

次に,地域の実装では,実際にリテラシー教育を地域で実装し,その有用性を検証する。市民公開講座や,名張市の健康事業との連携した教育講座を行い,その副教材として上記リーフレットを配布する。リテラシー教育の有用性については,参加者の人数を考慮し,質量両側面から検証することとする。

併せて,本プロジェクトの成果を名張市役所の保健師およびまちの保健室のスタッフへと移転する。このプロセスを通じて,市役所およびまちの保健室を案内人とし,労働者のサービスへのアクセスを改善することができる。

3.期待される活動成果等

本プロジェクトを通じて,就労と治療の両立に関する労働者への啓発モデルを構築することができる。労働者や市民を対象とした教育・啓発活動による「就労と治療の両立」に関するリテラシーの直接的な向上が期待できる。また,そうした教育・啓発機会に労働者およびその家族が参加することで,一家の働き手が病気になることや,その際の備えなどについて,家族で議論がされるなど,有事に備えたマインドセットが構築されることが期待できる。また,市役所の職員やまちの保健師のスタッフがこうした活動に参加することで,情報のワンストップハブとして機能できるようになる。

三重県名張市はベッドタウン機能を持つ地方都市であるため,本プロジェクトの成果は同様の都市機能を有する都市へ転用することが可能である。

平成30年度活動状況報告書