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29_地域の農業水利施設管理の高度化と標準化言語を利用した汎用化

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

近年、三重県をはじめ全国の農業従事者は高齢化と減少が予想され、農地に水を送る農業水利施設の維持管理が難しくなります。人員不足のために、堰の「開け」「閉め」の操作を適正に行わないと、水が必要な水田に水が届かず、また逆に水路が溢れて無駄水が流れてしまいます。このような「管理操作」は勘やノウハウあるいはローカルルールであり、マニュアル化されていない情報です。これらは「暗黙知」と言われ、地域の農業水利施設の維持管理では大変重要です。これらの水管理は少数の特定の人が長年にわたり担当される場合が多く、施設管理者の高齢化や引退によって「管理作業」の情報は容易に失われてしまいます。これらの「暗黙知」を「形式知」にするために、地理情報システム(GIS)を活用して、地図上に技術情報を記録することで、維持管理技術の「形式知」化を図り、今後の農業水利施設を高度化や省力化することにより施設のさらなる活用が見込まれます。本活動では、病院のカルテ情報管理の仕組みを流用して「形式知」を構築します。具体的には、コンクリート水路などのハード施設を人間に見立て、健康診断歴、病歴、投薬歴、治療歴などを記録するカルテをつくるイメージです。

既存の農業水利システムは、農業者に代わって水管理を担当する土地改良区毎に特別なシステムが運用され、メーカーの言い値で高額な費用が掛かります。三重県の多くの土地改良区は数十年前に改良区固有のシステムを導入しており、現在は老朽化していますが、更新費用を捻出できず、既存のシステムをだましだまし使っている例が増えてきました。現在、AgGatewayという非営利組織が農業に関するデータ利用の標準化を行っており、灌漑の分野でPAIL(Precision Ag Irrigation Language)を提案しています。このPAILを使って農業水利システムを構築することができれば、ユーザから見える水管理の部分が汎用化されて、それぞれの土地改良区で共通のシステムを利用可能になります。また、PAILはデータ通信の規格が公開され、標準化されているため、農業水利システムの導入コストを劇的に低下させる可能性を秘めています。

2.活動する地域と内容

対象地域は、三重県多気町勢和地域にある立梅用水を対象地域に考えています。

この地域では、これまで農研機構の研究チームが「農業水利施設の管理情報継承のためのGISデータベース」(VIMS)のテストケースとして使用してきました。VIMSの開発事業期間終了に伴い、撤退が予定されています。また、地域の実情に合ったベースマップの作成が未完です。そこで、本活動では、このデータベースを受け継ぎながら、ベースマップの追加作成も視野に入れて、立梅用水における水管理実態の「形式知」化を行いながら、PAILの適用によって「世界標準化」された「灌漑管理作業情報」を取り扱うノウハウを確立します。本活動では、VIMSシステムの開発チームが共同実施者となっており、データベースに容易にアクセス可能であることから、本活動は事業目的の達成は実現性が高いと考えています。

また、対象地域は、世界かんがい遺産にも登録されている歴史ある地域です。一方で、多くの大学の研究フィールドとして活用されており、大学研究への理解が深い地域でもあります。

本活動では、対象地域と協議を重ね、まずどこをチェック箇所とするか、カルテになにを記録するか、記録することが決まればどのように計測するか、など基本となるベースマップの作成を目的にします。たたき台として、国研農研機構の農業工学部門が作成している「農業水利施設の管理情報継承のためのGISデータベース」(VIMS)を活用する予定です。これをたたき台に、対象地域に合った「暗黙知」の顕在化を図る計画でおります。

また、対象土地改良区で利用されている農業水利システムの機能を分析して、灌漑制御用の標準言語PAILで記述することができるか検討します。制御系は不具合があった場合の影響が大きいので、手始めに遠隔にあるゲートや水路の水位など監視機能の実装を試みます。鈴鹿市の白江野土地改良区で既存農業水利システムのICT化を実施したノウハウを流用しながら、汎用的で安価な農業水利システムの構築に向けた活動を行います。

3.期待される活動成果等 

農業用水も地域の中においては、管理が経験的で、実際にどこでどれだけ使われているか不明な点が多く、多くの無駄水が生まれている可能性があります。これらの経験的な部分をGIS情報で明らかにすることでより、高度な水管理を少人数で行うことが可能となり、これからの農村地域の農業用水維持管理の新たな一歩となると考えられます。すなわち、この種のツールを駆使することによって、経験の浅い就農者であっても、地域を支えていく担い手の一員に育っていく可能性が確かなものになっていきます。

また、地域での降雨や貯水などの状況も地域全体の様子が総合的に見えてくることから、山腹を流れる農業用水路や溜池などが持っている洪水緩和機能など新たな機能の発見やその有効性にもつながる可能性があります。

さらに、農業水利システムを標準化言語のPAILで記述することにより、システムの汎用性が向上し、高額な費用負担が原因でシステムを更新できない改良区には朗報となります。また、併せてICT対応とすることにより、毎年、各地で農家の方が大雨の際に田畑や水路の監視に出かけて命を落としているその事故件数を確実に軽減できます。

平成29年度活動状況報告書