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29_志摩の里海と海女文化を支える磯根資源の増殖のための取り組み

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

人と自然が共生する場所である健全な里海は,人の手で陸域と沿岸海域が一体的に総合管理されることによって物質循環機能が適切に保たれ,豊かで多様な生態系と自然環境を保全され水産資源など多くの恵みを与えてくれる。三重県の志摩地方はこの里海の理念をもとに地域創成に取り組んでおり,また伝統漁法・文化である海女漁もその里海で育つ磯根資源に依存した生活を営んでいる。

本事業では地元の水産海洋系実業高校である三重県立水産高等学校や三重県水産研究所と連携・協働して,里海がもたらす生態系サービスの中心である水産資源資源の維持や志摩地域の海女の主たる収入源であるアワビ類を代表とする磯根資源の増養殖への貢献を,実験室での飼育実験を中心にした取り組みで明らかにする。

具体的実施内容としては,アワビ類やイセエビの増殖に供せられる種苗の生産用の微細藻の性能評価試験,気候変動が磯根資源の再生産に与える影響に関する調査,また近年水族館の展示物として人気が高まっており磯根資源の増殖に影響を与えうるクラゲ類の繁殖生態と海洋環境の変化の影響に関する研究等となる。またこれらの成果を出前授業等で生徒たちに理解してもらう。

2.活動する地域と内容

クリプト藻微細藻類のRhodomonas sp.の写真

志摩市浜島にある三重県水産研究所および栽培漁業センターの協力のもとアワビ類の人工受精卵を入手し,同和具にある三重県立水産高校実験飼育棟および三重大学生物資源学棟内の浅海増殖学実験室において,同研究室が新規に単離・開発したクリプト藻微細藻類のRhodomonas sp. (右写真)を供して初期発育段階のアワビ類の成長や生残に与える効果を検討する。また三重県の水産研究所が世界に先駆け成功したイセエビの種苗生産の技術向上を目指して,イセエビフィロゾーマ幼生期に与える養成アルテミアのRhodomonas sp.による栄養強化試験を浅海増殖学実験室においてを実施し,将来的な三重県水産研究所における幼生期のイセエビの生残率向上につなげる。

また近年,地球的規模の環境問題である気候変動の影響に起因する局所的集中豪雨が世界中で増加しているが,この集中豪雨により引き起こされる海洋環境の急変が,特にアワビ類等の磯根資源の生物の初期発育段階における成長や生残にどのように影響を与えるかを浅海増殖学実験室で実施する飼育試験で明らかにし,また同時にクラゲ類の増殖に与える影響も併せて検討する。クラゲ類の栄養要求に関しては,近年,同浅海増殖学研究チームが世界に先駆けその一端を明らかにし世界的にも注目されている。

さらにはその活動内容や成果を高大連携の出前授業で講義して,未来を担う若者の興味喚起と理解を醸成し,将来的な地域の創生の推進の糧とする。これに関し,申請者はすでに毎年水産高校と連携して出前授業を実施しており好評を得ている。

既に報告されている関連の研究成果

  1. 採卵用アコヤガイに対するRhodomonas sp.の餌料価値. 山本慧史,藤村卓也,岡内正典,吉松隆夫. 水産増殖64 (3), 265-271 (2016)
  2. マナマコApostichopus japonicus浮遊期幼生に対する微細藻類Rhodomonas sp.の餌料価値. 山本慧史,岡内正典,吉松隆夫. 日本水産学会誌, 81(6), 973-978 (2015)
  3. クロロフィルa量を用いた吸光度法による微細藻類Rhodomonas sp.細胞密度の推定. 山本慧史,岡内正典,吉松隆夫. 水産増殖63 (3), 353-355 (2015)
  4. Climate change and its impact on aquaculture in shallow seas. Takao Yoshimatsu. Proceedings of the International Conference 2015 Fisheries Resource Management and conservation with a focus on selective fishing gears and methods, p.108, Busan Korea, October 30 (2015)
  5. 気候変動が養殖業に与える影響,吉松隆夫 アクアネット,17(2):32-35(2014)

3.期待される活動成果等

本年度より設置に本格的に取り組む三重大学の伊勢志摩サテライトが果たすべき重要なミッションの一つとして,志摩地方の水産増養殖の振興と伝統的漁業としての海女文化の保全がある。本事業での成果は磯根資源の増殖技術の向上や海洋環境の変化に対する脆弱性の理解を通して,これら両者に直接的に役立つものであり,また地域の教育機関及び公設研究機関として水産高校と水産研究所がその役割を果たすことにより地域の自発的・自助的な取り組みとして地域住民自らの創生意欲の涵養にも役立つ。なお申請者の吉松は長年これら両者との連携による研究(志摩市官学連携研究助成事業等)や先述の出前授業などを通してこれまで関係を深めてきているが,本事業を通してその関係は一層深化発展し,将来的にも様々な問題解決に際して頼りあえる良好な関係が維持できることとなる。

平成29年度活動状況報告書