2013年09月03日
8月30日(金)、「医学における解剖学の役割」というタイトルでNHKのテレビ番組「視点・論点」(8月12日放送)に出演した医学系研究科発生再生医学の大河原剛講師にインタビュー取材を行いました。
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-本日はお時間を割いていただきありがとうございました。「医学における解剖学の役割」をテーマにテレビ番組に出演されていましたが、改めて解剖学についてお話をお伺いしたいと思います。解剖学とはどういった学問なのでしょうか。
大河原
まず、番組でもお話ししましたが、解剖学を学ぶことなくして医師・歯科医師になることはできません。解剖学は体の中がどうなっているかという医学の根幹をなすものです。ご遺体を通して行われる解剖実習では、知識だけでなく、医師になる自覚をも身に付けていきます。
-なるほど。解剖学は医学にとってとても大切な学問なのですね。それでは、解剖実習はどのように行われるのですか。
大河原
本学では医学科3年生に約3か月間、ほぼ連日、特別な「解剖実習室」で行われます。解剖というとどうしてもメスやはさみで臓器や血管を切っていく、というイメージがあるかもしれませんが、細かいピンセットを丁寧に使って一つ一つの細かい人体の構成成分をきれいに見つけ出すという作業です。解剖実習に使わせて頂くご遺体は、生前の崇高な御遺志に基づいて無償で献体されたご遺体です。このような点でも解剖実習は医学教育の中でも特別な位置を占めているといえます。-こうやって少しずつ医師になるステップを上っていくのですね。ところで、近年は解剖学をめぐる環境が変化していると伺いましたが、具体的にはどのようなことでしょうか。
大河原
私はどうしても最近、医学において解剖学がおろそかにされているのではないかと考えて仕方ありません。というのは聞くところによりますと、最近では、レントゲン写真やCT検査などは放射線科から所見付きで主治医のもとに返され、主治医はヒトの解剖学的構造を詳しく知らなくても、すなわち自分でレントゲン写真をじっくり見なくても、「異常なし」あるいは「出血している」などが書いてある所見用紙を読めば、正常異常の判断ができてしまうようになってしまっているようなのです。医師の先生方がお忙しいとしても、やはり患者としては詳しい解剖学の知識を持ったお医者さんが信頼できますよね。
-基礎医学をめざす医学部卒業者が少なくなっているとも聞きました。
大河原
以前は医学部を卒業した直後に研究に興味を持ち解剖学などの基礎医学の教室に入門する人も少なからずいました。しかし、2004年度からの 卒後臨床研修制度実施後は卒業後の数年間は臨床での研修が必須となりました。医師の研修制度としては大きな役割を果たしているのですが、一方基礎医学に従事する人の数は、明らかに減少しているのです。-人材不足というと僻地での医師不足が思い浮かびますが、この問題について大河原先生はどのようにお考えですか。
大河原
地域医療で頑張っておられるお医者さんたちには、最先端の医療・医学研究に取り残されるのではないかといった不安がきっとあると思います。そのような先生とも手を組み、私は三重大学の基礎医学系の教員として、いつも最先端の発見を世界に発信できるよう努力しています。三重大学の研究ポテンシャルはものすごく広いので、私どもと協力して三重から世界に発信していきたいと思っています。
-今求められる解剖学の役割についてお話しいただけますか。
大河原
最近コンピューターが普及し、なんでも疑似体験できるバーチャルな世界が蔓延しています。3Dの脳DVDとか。しかしそういった今においても、解剖学はとても地道な手作業の世界なのです。長い実習期間、本物の人体に直接触れ続けることで、学生たちは頭のなかだけでなく体全体を使って解剖学の理解を深め、医師としての自覚を新たにします。このいわば「手作業の」解剖学を大切にしていきたいと思います。-最後に大河原先生の研究の話についてお聞かせください。
大河原
解剖の講義や実習以外の時間は、ひたすら研究活動の毎日です。ページの関係で詳しくは述べられませんが、研究では解剖学の知識を活用し様々な課題に取り組んでいます。実験動物を使い、「なぜ人で様々な病気が起こるのか」を調べています。解剖学を基礎としたこういった研究が、人の医学の進歩にきっと役立つと信じ、研究を続けています。-大河原先生、本日はありがとうございました。
医学系研究科発生再生医学の大河原剛講師は、「医学における解剖学の役割」というタイトルでNHKのテレビ番組「視点・論点」(8月12日放送)に出演しました。
8月30日(金)は、大河原講師に「解剖学」をテーマにインタビュー取材を行いました。
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-本日はお時間を割いていただきありがとうございました。「医学における解剖学の役割」をテーマにテレビ番組に出演されていましたが、改めて解剖学についてお話をお伺いしたいと思います。まず、医学部の学生はどのように解剖学を学んでいるのか、ご説明いただけますか。
大河原
解剖に関する講義が2年生で8回行われ、3年生になると解剖実習があります。実習時間は、月・火・木・金の13~17時。実習期間は4月から6月末までの2カ月半で、集中的に行われます。
-ハードなスケジュールですね。ところで、近年は解剖学をめぐる環境が変化していると伺いましたが、具体的にはどのようなことでしょうか。
大河原
それは、2004年度から義務化された卒後臨床研修制度に起因すると思います。卒後臨床研修制度とは、卒業後の数年間は研修医を経験し、患者と接して治療などにあたることです。この制度の導入前は、卒業後に研修医を経験することなく、解剖学などの基礎医学に従事する人が少なからずいました。しかし、卒後臨床研修制度が始まった2004年度以降、基礎医学に従事する人の数は、明らかに減少しているのです。
-原因はどのようなことが考えられるのでしょうか。
大河原
卒後臨床研修は研修を希望する場所を選択できるため、多くの学生が最新設備の整った大都市の大病院への研修を希望し、大学からは若手の姿が消えていることが挙げられます。それ故に基礎医学に進む人材は激減しているのです。
-人材不足というと僻地での医師不足が思い浮かびますが、この問題について大河原先生はどのようにお考えですか。
大河原
都市は医師過剰、僻地は医師不足だと思います。例えば、ドイツでは州単位、三重県に例えると東海地方で医者の異動が半強制的に行われるため、医療の地域格差が日本ほどありません。もちろんこの制度をそのまま日本に導入すれば良いというわけではありませんが、僻地医療に携わることが医師にとってのキャリアになるような制度があれば良いのかもしれませんね。
-最後に、解剖学の役割と大河原先生の今後の目標についてお話しいただけますか。
大河原
医学が高度に専門化された今の時代は、CTやMRI検査は検査技師が所見付きで主治医へ返すので、検査結果を正しく理解していない医師もいるのではないかと考えています。医師は、奥さんから「藪医者」と言われるものだとしばしば耳にしますが、これは医学が高度に専門化されすぎた弊害なのかもしれません。また、筋肉注射や予防接種の際に、うっかり近くの神経を傷つけてしまう医療事故が多発していますが、これは解剖学(基礎医学)を学ぶことで防げるものが多いのです。こうした医療事故を起こさないためにも、手作業の学問である解剖学を前向きに考えるように現役医師の意識改革が必要だと思います。また、解剖学をはじめとする基礎医学へ進む人を増やすためには、解剖学の正しい知識を一般の人に周知し、関心を持っていただくことが重要ではないでしょうか。最後に、今後の目標についてお話しします。私の担当している解剖実習はバーチャルでも良いのではないかという意見がありますが、実際にご遺体に向き合うことで得られることは数多くあります。ご遺体の尊厳、緊張感、死の意味といった哲学的なことを考える機会は、バーチャルでは決して得られないかけがえのないものです。実習を終えた後は、学生の顔つきも変わり、一回りも二回りも成長します。今後も学生の人間的な成長をアシストしていきたいと思っています。
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大河原講師は、解剖学の講義を行う傍ら自閉症の研究もしています。
日本でおよそ100人に1人の割合で発症している自閉症の人の脳内には、マイクログリアという免疫細胞が活性化しており、大河原講師は「マイクログリアを制御することで自閉症治療につなげていけると考えている。原因を究明して治療方法を見つけたい」と意気込みを語りました。