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30_海女漁村の歴史的古文書の調査研究~志摩市越賀郷蔵文書の文化財指定に向けて~

【活動の概要】

1.本活動の背景,必要性,目的

志摩市志摩町越賀の郷蔵には,江戸時代の越賀村文書を中心に,近世初期から明治大正期,さらに戦前期に掛けての大量の古文書を収蔵している。その内容は幅広く,鳥羽藩からの支配文書,土地台帳や年貢制度に関するもの,村の財政帳簿,村の取り決め,近隣村々との争論文書,地震災害記録,事件記録など,多種多様である。先志摩地域は海女漁を始めとする漁業や廻船業など海に関わるなりわいが盛んで,民俗的にも個性豊かな地域であるがゆえに,この地に残された質量ともに豊富な歴史資料の価値は高い。特に近年注目を集めている海女文化を研究する上では,県内でも有数の文書群である。この文書群からは,漁業関係以外に農業,林業,加工業など多様ななりわいを営んだ漁村女性の姿を伺うことができ,同文書の調査・研究により海女研究は大きく進展することが期待される。

越賀郷蔵文書は戦後,地元の郷土史家らを中心に整理の手が入り,20年ほど前からは三重県史編さん事業のなかで調査が行われ,2010年から4年の間,三重県教育委員会が実施した海女習俗基礎調査・同詳細調査においても,重要な文書について撮影作業が行われた。だが,不便な地にあり,何より文書の量が膨大であるために,体系だった調査はいまだ行われておらず,部分的な作業にとどまっている。目録も郷土史家が作成されたものを元に三重県史編さん室及び塚本が補訂したものに過ぎず,完成されてはいない。

2014年度から3年間,三重大学博学連携推進室は,志摩市の協力を得つつ,三重県総合博物館と連携して先志摩地域の総合研究を行った。その際にも越賀郷蔵文書は調査研究の中核となり,特に再発見された越賀村絵図は,総合研究の成果として行った志摩歴史民俗資料館における展示の目玉となり,翌年度に三重県総合博物館で行った展示と合わせ,広く注目を集めた。展示の関連企画として行ったシンポジウムでも強い関心を呼び,特に今後の保存に向けての要望も多く出された。

これを受けて志摩市教育委員会では,越賀郷蔵文書の文化財指定に向けて調査・整理作業を行うこととした。だが,歴史的な古文書を扱う専門スタッフが不在のため,その課題や方法をめぐって,塚本は教育委員会から随時相談を受けてきている。一般に未整理の古文書は常に散逸の危険にさらされており,全貌を把握するための総合調査は喫緊の課題である。そこで,まず2018年3月29,30日に,塚本研究室所属の学生・院生で予備調査を行うことにした。

本申請事業の目的は,今後数年を掛けて越賀郷蔵文書の全体を調査し,その概要を目録化して文化財指定の基礎作業とするとともに,その内容を広く公開し,地元の文化振興に役立てることにある。

なお,2018年3月に設立される伊勢志摩サテライト・海女研究センターの活動を推進する上でも,越賀郷蔵文書の調査は不可欠の作業である。

2.活動地域と内容

志摩市志摩町の越賀郷蔵に架蔵されている文書の目録は,郷土史家・谷口治右衛門氏が作成した冊子分中心の目録,三重県史編さん室の撮影目録,それらを元に塚本が補訂した目録の3種がある。まず,これらの目録に掲載されている文書の現状確認を行う。そして,目録に記された文書名が適当かを検討し,内容の概略を把握する。また,文化財指定を見越して,法量も調べ,記載する。

郷蔵のなかには,近世段階の算用帳簿や近代以降の文書など,上記3種の目録には含まれない史料も少なくない。これらを調査し,目録化する。さらに,越賀村の文書以外に和具村や布施田村の文書も混在している。恐らくは保存のために持ち込まれたものだと思われるが,これらも調査対象とする。

次いで,重要な文書について撮影作業を行う。これまでに撮影した分を含めて,目録上には撮影済の分と未撮影の分を明確に区分する。撮影資料は,大学での教育においても活用を図る。

調査には,塚本研究室の院生・学生を中心に,志摩歴史民俗資料館の﨑川由美子館長を始め志摩市教育委員会の担当者,海の博物館学芸員の縣拓也氏らの協力を得て行う。

調査の成果は,何より文書目録という形で表現されるが,当然その内容も検討し,その結果は海の博物館内の海女研究センターにおける講演・講座などにおいて,広く社会に還元していく。

3.期待される活動成果等

志摩地域随一の歴史資料を調査することで,当地の貴重な文化財の保全に貢献することができる。志摩市にとっても越賀郷蔵文書の調査は懸案事項となっており,調査終了後は,市の文化財に指定される見込みである。なお,当文書は三重県の文化財に推薦する価値を有しており,今後関係者とも相談していく予定である。

越賀郷蔵文書は,海女漁,海女文化に関係する文書を多く含んでおり,それらの分析に基づく情報発信は,地域住民の誇り,文化意識の向上に役立つであろう。

調査に参加する学生・院生にとっては,貴重な現文書を,それらが生み出された地で,行政担当者らと共に扱うことにより,歴史研究を行う上での意識や,社会的な経験値を増す機会となる。

また,こうした文化財を取り扱う人材が少ない志摩市にとっても,調査活動を地元のスタッフと共に行うことは,調査のノウハウを地元の方に伝えていく意義もあると考える。

平成30年度活動状況報告書