- 学長通信 -

三重大学長ブログです。

嘘と誤解

世の中には三つの嘘があると言われている。「善意の嘘」、「悪意の嘘」と「統計の嘘」である。「頭の禿げの進みが少し止まっているように思うが」と妻に問うと、「いやどんどん進んでいるわよ」と答えられる。本当のことだが良い気持ちではない。大学の職員や料理屋の女将さんは「そうですね。少し髪が増えているようですね」と嘘をついてくれる。これは善意の嘘である。

18年前三重大学に赴任したとき、無記名の怪文書が送られてきた。身に覚えなき誹謗中傷である。私を陥れようとする悪意の嘘である。最初は猛烈に腹が立ったが、ある人からこれも有名税ですよと諭された。教授就任をすべての人が歓迎してくれているとの私の誤解による立腹である。「よそ者の私を見る目が人それぞれであるなー」と思うと気持ちが落ち着いてきたのを記憶している。

統計の嘘にはよく遭遇する。専門領域の論文を読んでいると、統計手法の間違いによるデータ解析、手法的には正しいがどう考えても真実とは思えない結論などである。

誤解にも嘘と同じようなことが起こる。

三重大学ブランドのカレーは善意の誤解の中で大ヒット商品となっていった感がある。三重大カレーが美味であることが販売促進の最大要因であるが、「内田」で消費者の誤解が売れ行きを伸ばした。勢水丸の内田誠船長と私、内田淳正の混同である。練習船の中で週に1回は必ず出されるカレーを三重大学ブランドとして売り出そうと生物資源学部の先生、勢水丸のスタッフ、生協と食品会社が協力して完成したのが「三重大カレー」だった。販売段階で学長の内田淳正も積極的に協力はしたが、いつの間にか三重大学長一人が目立つようになり、学長推薦のカレーとして実績を伸ばすことに大いに貢献した。三重大学としては内田違いの嬉しい誤解の結果大ヒットに結びついたのだろう。

夏休み中の早朝の電車での出来事である。テニス部の中学生が対抗試合に出かけるのか大きな荷物を抱えて優先座席に座っていた。早朝であるため車内それほど混雑はなく、立っているのは私一人である。健康のため通勤の電車で座らないのが私のルール。下車駅が近づいたのでドアの方へ移動中に座っている中学生と目が合った。数人の彼らが申し訳なさそうに立ち上がって席を空けた。座っていることをとがめられると思ったのだろう。楽しい誤解であり、それなりに礼儀をわきまえている中学生である。 

改築した三重大学レーモンドホールで田口寛名誉教授の写真展が開かれた。四季折々の学内の風景を撮影した素晴らしい写真の数々の展示である。その初日お祝いの蘭の花が2つ届けられていた。一つは先生ときわめて親しい人から、もう一つは先生の外部女性支援者の一人である内田さんという方からのものである。私もその女性はよく知っているため、その蘭が誰からのものかは直ぐに分かった。しかし、大学関係者の多くは内田という名前を見て学長の私からであると誤解した。学長からのお祝いが届けられていると誤解した大学関係者はこの展覧会を特別な目で注目したことを田口先生本人から聞かされた。うれしい誤解であるが、内田女史には気の毒なことをした。

昔のことであるが妻と出かけるために駅に急いだ。残念ながら一瞬の差で電車に乗り遅れた。私の言葉「おまえが、もっと急げば、今の電車に間に合ったのに」妻の答えは「あなたが、そんなに急がなければ次の電車をこんなに長く待たなくてよかったのにね」

妻は子供のことについて何でも知っている。好きな食べ物、どの学科が得意で何が不得意か、誰のことが好きか、一番の親友、密かに恐れている物、希望、そして夢。そして私は妻から糾弾される。「息子のことを一緒の家に住んでいる、年下の人だとしか思ってないんでしょ」と。これは妻の大いなる誤解であるが、息子は父親の背中をじっと見ていると信じたい。