- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

「流れるままに、しかし意思は強く」~珠玖洋さんと加藤郁之進さんの出会いと、三重大の"奇妙な"リベラリズム~

     6月3日(水)の夕方、5月12日までタカラバイオ株式会社の社長をお勤めになった加藤郁之進さんのご講演が、三重大の総合研究棟Ⅰの会議室で開かれました。昆布に含まれる「フコイダン」や、寒天に含まれる「オリゴ糖」など、海藻には免疫に作用する物質が含まれており、それがガンやいろいろな病気にも効くというお話です。加藤さんは72歳。そのプレゼンは学術的で、マネジメントのトップであった方が、こんなに専門的なことを詳しくお話できるとは、おどろきです。

09060503.JPG 09060502.JPG 09060501.JPG

 タカラバイオは、カンチューハイで有名な宝酒造株式会社のバイオ事業部門がもとになって、持ち株会社の宝ホールディングス株式会社の傘下に2002年に設立された会社で、本社は大津市の瀬田。三重県の四日市市にも宝酒造の工場やタカラバイオのキノコ工場がありますし、また、タカラバイオのゲノム解読センター「ドラゴンジェノミクスセンター」も四日市市にあり、三重県ともなじみの深い会社ですね。

 今回の講演会は、三重大学医学系研究科の遺伝子・免疫細胞治療学講座、がんワクチン治療学講座の教授で、この4月から私とともに三重大学学長顧問に任命された珠玖洋さんが企画されました。珠玖さんは、がんの免疫療法では日本の第一人者で、国の先端医療開発特区(スーパー特区)「複合がんワクチンの戦略的開発研究」の代表者ですね。そして、タカラバイオとは、遺伝子治療・細胞医療の開発で共同研究をしておられます。

 珠玖さんと加藤さんとの最初の出会いは5年ほど前。遺伝子治療の臨床開発を目指していた加藤さんの目にパートナーとして目にとまり、大規模共同研究の話が一気に進みました。地方大学にも、世界に冠たる研究者が存在するということですし、また、三重大という一地方大学の研究者に目をとめた加藤さんの眼力もすごいと思います。

09060504.JPG

 タカラバイオ株式会社は一貫して遺伝子・DNAに係る事業を発展させ、現在では、遺伝子工学研究分野、医食品バイオ分野、遺伝子医療分野の3つの事業分野を展開しています。そして、ホームページには「遺伝子工学研究と医食品バイオの2つの事業分野で築いた安定収益を、遺伝子医療分野に投入し、遺伝子医療技術を完成させ、収益の拡大を図る---これが当社の事業戦略です。」と、他の企業ではなかなか書けないことが明確に書かれています。とてもロマンのある企業ですね。このような、将来の夢に向かって挑戦するベンチャー的な風土が形成されたことには、研究者でありかつ社長であった加藤さんの存在が大きかったのだと思います。

 ご講演の後は、三重県立美術館内にあるレストランで加藤さんと、随行しておられたタカラの林さんと食事。珠玖さんの研究の仲間たちと、三重大から鈴鹿医療科学大学に移った3人、つまり副学長の私、薬学部長の川西さん、研究科長の鎮西さんもいっしょでした。鈴鹿医療科学大学は、日本で初めて設立された医療科学大学ですが、鍼灸学部や東洋医学研究所があって、統合医療、つまり、西洋医学と東洋医学のいいとこ取りをした医療の確立を目指していることが特色の一つです。日本人が昔から日常的に食べている海藻にすばらしい有効成分が含まれていることを見つけたタカラバイオの発想は、まさに、東洋医学的な発想と共通していますね。

09060507.JPG

09060505.JPG 09060506.JPG

 タカラバイオと三重大の共同研究を弾みにして、三重大、鈴鹿医療大というお互いに補い合える医療系の大学連合と、地域の医薬・バイオ・福祉産業との連携がいっそう進めば、三重県の「メディカルバレープロジェクト」がさらに飛躍して、この地域が日本で冠たるバイオ・メディカル産業の集積地になることも夢ではないような感じがしました。

 加藤さんの座右の銘はとお聞きしたところ「流れるままに」ということでした。私の座右の銘は「人生邂逅なり(偶然の出会い)」です、と申し上げたら、「それは同じような意味ですね」とおっしゃいました。ただし、「意思は強く」という一言を追加されました。志を強く持っている人は、自然に流れるままにやっておれば、偶然の出会いやチャンスを生かすことができる、ということなんだろうと思います。珠玖さんと加藤さんの出会いにも、合点がいきました。

 加藤さんに言わせると「三重大には、他の大学にはない“奇妙な”リベラリズムがある。」とのことです。これを私流に訳せば、企業の目からすると、硬直化した制度や研究者どうしの足の引っ張り合いなどで、融通のきかない大学が多いが、三重大では、そのようなことは感じられず、どこからそのようなことが生じているのか不思議なのだが、自由なベンチャー的な取り組みを許容する風土がある、ということでしょう。

 三重大で4月から開講した「地域イノベーション学研究科」は、全く新しいコンセプトの独立大学院ですが、これはまさに加藤さんのような、研究開発能力とマネジメント能力の両方を兼ね備えた企業幹部の育成が目的です。最近、国が大学院の定員削減の方針を打ち出したところですが、そのような難しい状況にあっても「地域イノベーション学研究科」の新設が三重大に認められたことや、そのプランナーで、バイオベンチャー経験者である教授の西村訓弘さんたちのグループのもとに、今、10人以上の地域企業の社長さんたちが大学院生として三重大に通っているという、ちょっとびっくりすることが起こっているのも、三重大の“奇妙な”リベラリズムの賜物なのでしょう。