- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

基礎研究にたずさわる医師の減少は将来大きなしっぺ返しを受ける
~iPS細胞研究センター長、山中伸弥さんの講演にて~

yamanaka6.jpg     7月22日、三重大と包括連携協定を結んでいる三重銀行主催のセミナーがあり、京大iPS細胞研究センター長の山中伸弥さんが講演されるというので参加しました。

   山中さんは、冗談も適度に交えながら親しみのもてる話しぶりで、「iPS細胞が作る新しい医学」という題目で、しろうとにも分かるようにやさしく説明されました。

   1999年のミスアメリカのニコール・ジョンソンさんが罹っていた「1型糖尿病」(インスリンが出なくなる病気で若い人に多い)や、映画「スーパーマン」の主役を演じたクリストファー・リーブが落馬でおこした「脊髄損傷」(手足がまひして一生ほとんど動けなくなる)など、今までの医学では根本的な治療が難しい病気やけがが、再生医学で治療できる可能性があります。その切り札とされてきたのが、ES細胞(embryonic stem cells:胚性幹細胞)です。ES細胞はインスリンを分泌する膵島(すいとう)細胞や、神経細胞、心筋細胞など、いろいろな細胞に分化する能力があり、その細胞を患者さんに移してやれば、病気が改善する可能性があるのです。

   しかし、ES細胞は受精卵を使うために倫理的な問題があることに加えて、患者さん本人の細胞ではないので拒絶反応があるという欠点があります。また、患者さんの体細胞の核移植(クローン技術)で作るES細胞は、2005年に韓国の先生が発表して世界中にセンセーションを巻き起こしましたが、結局ねつ造であり、ヒトでは難しいことがわかりました。

   山中さんたちはES細胞の欠点を克服するために、まずES細胞で働いている転写因子(遺伝子を働かせる因子)を24個見つけ出し、コロンブスの卵のような単純な思考にもとづいて、その遺伝子をマウスの皮膚の細胞に入れ込みました。すると、驚いたことにES細胞とよく似た細胞が出現しました。山中さんたちはこの細胞をiPS細胞(induced pluripotent stem cells:人工多能幹細胞)と名づけました。 yamanaka5.jpg yamanaka4.jpg

   次に24の因子すべてが必要とは考えられないので、いくつかの因子に絞りこむことが必要ですが、その組み合わせを考えると、ものすごい数の実験が必要となるので悩んでいました。その時に大学院生の高橋さんという方が、効率の良い実験方法を提案されました。それは、24個の因子を1個抜いた23個の因子を皮膚の細胞に入れ込んで、順次試してみるというものでした。抜いたためにiPS 細胞が出てこなかった因子を4つ(最終的には3つ)割り出し、それを皮膚の細胞に入れ込んだところ、見事にiPS細胞ができました。山中さんたちはこの実験結果をお二人の名前で2006年にCellという有名な科学誌に掲載しました。

   次に山中さんたちはヒトのiPS 細胞を作ることに挑戦し、2007年の11月に成功しましたが、発表した日がウィスコンシン大学のグループと全く同じ日になりました。ものすごい競争なのですね。近い将来のiPS細胞の人への応用が期待されますが、その前に、がんが発生しないかなどの安全面での検討が大切とのことでした。

yamanaka3.jpg    この分野の研究では、アメリカのカリフォルニア大学、ハーバード大学、ウィスコンシン大学などが巨額の研究費と人材を投入して激烈な競争をしています。カリフォルニア州は10年で3000億円、マサチューセッツ州は10年で1200億円の研究費を投じることを決めました。日本の文部科学省もこの分野の研究に5年間で100億円を出すことを決めたようですが、アメリカの一つの州が出す金額と桁が一つ小さいですね。大砲と竹槍の違いです。これでは、すぐに追い抜かれて特許もおさえられ、日本人が日本で開発したのにもかかわらず、日本では治療に使えないということにもなりかねませんね。

   講演が終わった後、私は山中さんに、「日本の現状では、国は大学への予算を削減し、大学病院の若手医師は減少し、臨床医学分野や医学部の論文数が減り始めていますが、どうすればいいと思いますか」と質問しました。山中さんのお答は概ね次のようなものでした。

   「京大ですら大学院生が減り始めて定員の確保がたいへんな状況になりつつあり、また、地方大学の中には定員の2~3割しか満たせない大学もあります。私のように医師であって基礎研究にたずさわる人が少なくなっていることは、将来必ず大きなしっぺ返しを受けるでしょう。研究費の増額だけではなくシステムそのものを大きく変えないといけないと思います。」