- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

シカの害と地域医療崩壊の共通点は?
~演習林にて(その2)~

    三重大の演習林ブログのその2ですが、今日は鹿(シカ)の害についてお話をしましょう。鹿害(ろくがい)とも言います。

forest2.3.jpg     演習林の宿泊施設の入口にあるツツジの木を見ると、全く葉がついていません。これは、鹿が食べたあとなんだそうです。枝ばかりになったツツジの木の中ほどには草木が生えています。枝が邪魔になって鹿が食べられないので、助かっているのです。

    宿舎のまわりの背の低い木々を見ると、葉のついていない枝だけが残されている木々と、葉のついている木々があることが forest2.2.jpg わかります。葉のついている 木々は、アセビ (馬酔木、アシビともいう)やシキミ(樒)という木で、毒があるので鹿が食べないのです。逆に、アセビやシキミが多い森林を見れば、シカなどの獣(けもの)の食害で悩まされているということがわかります。

   杉の木を伐採したあとの山の斜面に、筒がにょきにょきと立っている光景をみました。植林をしても苗木がシカに食べられてしまうので、苗木を筒で保護して あるのです。果たしてこれでシカの害を防ぐことができるかどうか実験中とのことでした。

forest2.5.jpg     シカの害では、このあたりだと大台ケ原が有名ですよね。写真にお示しをしたような樹木の大規模な立ち枯れにシカの増加が大きな影響を与えていることは間違いがありません。シカの増えた第一段階の原因としては、天敵であるオオカミが絶滅し、戦後の拡大造林によって大台ケ原の中腹(国立公園区域外)が人工林になったため、えさになる植物が増えシカが増えたものと推定されています(1980年代頃)。第二段階の原因としては、台風による森林の破壊→コケ類の衰退→ササ類の繁茂→それをえさとするシカの増加、という複合的な要因の連鎖とされています。   

forest2.1.jpg    三重大演習林の峰に登ると南方に大台ケ原が見えるそうですが、大台で増えたシカが、三重大演習林まで広がってきているものと思われ、近くの民家の農地まで荒らし始めています。以前は地元の村に鉄砲撃ちのできる方々がおられたようですが、最近では少なくなり、駆除も難しい状況とのことでした。シカの害は、ちょっとした変化が生態系を思わぬ形に変えてしまう典型的な例ですね。そして、いったん破壊された生態系をもとに戻すことには、大きな困難を伴います。

   さて、「シカの害と地域医療崩壊との共通点は何ですか?」という質問ですが、「ちょっとした変化が生態系を思わぬ形に変えてしまう」というのが私の準備した答えなのですが、いかがでしょうか?

   今まで大学病院が地域の関連病院へ医師を供給し循環させることによって、医師需給システムの「生態系」が維持されてきましたが、そこへ、新しい医師臨床研修制度が導入されました。臨床研修制度の趣旨は、国民にとってより良い医師を育てようとするものでしたが、研修医が全国どこの病院でも選択できるようになって医師需給が自由市場化され、さらに全体の医師数が不足していたために、大学と地域の関連病院群の間で均衡が保たれていた医師需給システムの「生態系」が破壊されてしまいました。臨床研修制度の案を検討していた当時は、このような事態になることに誰も思いが至らなかったのです。

   いったん破壊されてしまった「生態系」を元に戻すことや、あるいは新しい生態系の中で生じた問題点を解決することがいかにたいへんかということを、今、多くの関係者が実感しています。