- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

もっともっと医学・医療と市民との距離を短くしよう
~「解剖体感謝式」にて~

   文科省の高等教育局から配信されているメールマガジン(6月5日、第31号)に医学教育課長の三浦公嗣さんが「医学・医療は特別か」という一文を掲載しておられますので、その一部をご紹介します。

   「・・・医学・医療が対象としている健康や生命はかけがえのないものであり、すべての国民にとって普遍的で高い価値を持っている以上、医療関係者がことさらにその特殊性を説き、特殊な社会にこもってしまっては、医学・医療と国民との距離は短くならないと思います。医学・医療が国民にとって信頼できる存在であり続けるためには、真に国民の立場に立つ必要があると指摘されていますが、その第一歩は国民との距離を詰めることであり、具体的には医学・医療の特殊性を可能な限り封じることではないかと考えます。医学・医療の世界においても、社会の一般的なルールが当たり前のように適用されるよう、医療関係者の努力が求められています。そのために、新たに医学・医療の世界に参入する人材を育てる医学教育が果たす役割は大きいのです。」

   私もまったく同感です。今、地域医療が崩壊しつつある中で、兵庫県の丹波市では、母親たちが「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成し、軽い症状では医師にかからないように申し合わせて小児科医の負担を軽減する取組みを行い、医師の確保に成功しました。医療訴訟の増加や患者さんのたらい回しで、医師・患者関係がぎくしゃくする中で、医師と患者さんが距離を短くして、いっしょになって医療を支えることの大切さを示す素晴らしい事例だと思います。

Kaibo01.jpg    医学・医療の教育や研究の面でも、医療関係者と患者さんがいっしょになって取り組むことの大切さを実感させられるのは「解剖体感謝式」です。これは医学・医療の教育や研究に欠かせない解剖(かいぼう)にご協力いただいたご尊霊とご遺族の皆さんに感謝する式典で、6月4日に、ご遺族の皆さん、三重不老会の皆さん、教職員、医学部学生など約600人が講堂の大ホールに集まりました。ステージの祭壇には、「醫の礎」(いのいしづえ)と書かれた碑の前に、その日にご遺族のもとにお帰りになるご遺骨が置かれています。平成20年度に合祀されるのは、系統解剖体48柱、病理解剖体22柱、法医解剖体101柱の合計171柱で、三重大の開学の時から数えると実に9231柱にもなります。

Kaibo02.jpg    教員代表、来賓代表の献辞、学生代表の謝辞のあと、全員で菊の花を献花しました。次に、厳粛な雰囲気の中で職員が順番に祭壇のご遺骨を手渡しし、学生たちがご遺骨を受け取って会場の外の安置所まで運びます。このご遺骨退場の儀式は、学生たちにとって、最も緊張すると同時に、厳粛な気持ちと感謝の気持ちを強く抱く瞬間です。

Kaibo03.jpg

   そのあと、ご遺族代表で山田赤十字病院医師の矢田浩さんが挨拶をされ、最後に医学部長が御礼を述べ、式は終わりました。

 

 

 

   解剖学は近代医学が始まって以来、あらゆる医学の基礎となる学問であり、医学・医療の教育や研究に解剖は欠かすことができません。医学・医療の教育や研究の発展は、実は医療関係者だけでなく、このような一般の方々のたいへん尊いお気持によって長年にわたって支えられてきたのですね。

   このように、医療関係者と市民の距離を短くする取り組みは、ある部分では昔から連綿と行われてきたのであり、また、最近の「小児科を守る会」のように、さらにいろいろな面で短くすることは可能であると思います。もっともっと医療関係者と市民との距離を短くする熱意と工夫に満ちた取り組みを増やすことが求められています。