- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

医師国家試験の合格率を左右するものは?
~「PBL教育」は正しい方向性であることを確信~

   過日3月28日に第102回医師国家試験の合格者が発表されました。今回は、8535人が受験し、7733人が合格し、合格率は90.6%という数字になりました。過去10年では最高の合格率のようです。

   毎年この発表の時期になると、医学部(医学科)の先生がたにとっては自分の大学の合格率の順位がどうであったか、けっこう気になるものです。今回の三重大学の合格率は96.2%で、これは全80大学のうち9番目で、国立43大学では4番目という成績で、医学部出身の学長としてもほっとしているところです。

   国公私別の合格率は、国立が91.6%、公立が94.2%、私立が89.3%で、国立と私立の合格率の差はほとんどありません。どういうファクターが合格率に影響を与えるかということについては、たぶん面倒見のいい大学の合格率が良いのだろうと思っていますが、このほかにもいろいろな可能性があり正確にはわかりません。たとえば、大学ランキングの上位に位置している旧帝大が良いかといえば、そうでもなく、25,28、34,35、46,51、72位となっています。

   2000年以降の三重大の順位の変化はたいへん興味深いものです。00~04年の5年間はトップ10位以内を維持していますが、05年は36位、06年には51位に下がり、その後07年は14位、そして今年は9位に回復しています。そして、順位が低下している時期には国試の受験者数が鏡像のように増加をしています(図1)。受験者数が増加する年というのは、留年していた学生さんが一度にたくさん卒業した場合や、前回までの国試で不合格の人がたくさん再受験した場合にあたります。わが国全体のデータでしらべてみると、学生定員あたりの受験者数が多いほど、合格率が低下していることがわかります(図2)。

PBL.jpg    三重大の医学部では97年から、「PBL教育」を3年生の学生を対象に始めました。「PBL教育」は、学生さんが少人数のグループの中で自主的に課題を解決するという教育方法で、実は私が中心となって全国でも先駆けて三重大に導入しました。この新しい教育方法を導入しようとした時には、国試の合格率が低下するのではないかなど、さまざまな反対意見がありましたが、あれからもう10年の実績を積み重ねたのですね。

   国試への影響については、PBL教育を受けた学生さんが初めて卒業したのは01年であり、それ以後4年間はトップ10以内を維持したのですから、PBL教育が国試の成績を悪くしたという批判は、全く根も葉もないことです。三重大の一時的な順位の低下は、それ以外の原因であったと考えられます。

   アンケート調査では、「PBL教育」は従来の講義に比較して、出席率は高く、学生さんたちはより興味をもち、自習時間も増え、学んだことが記憶に残りやすいという結果がでています。自分自身で深く考える習慣を身につけることが目的である「PBL教育」の価値は、国試のような膨大な知識量を評価する方法では判断できません。学生さんたちが診療や研究の現場に出て行った時に評価されるものであろうと思っています。もちろん、まだまだ改善をするべきところは多々ありますが、「PBL教育」は、教育の基本的な方向性として正しかったことを確信しています。

   現在、三重大では「PBL教育」をeラーニング「三重大学Moodle(ムードル)」を活用しつつ全学的に展開しています。「PBL教育」は年々普及し、今年度は授業の1割近くまで増加しています。これから、さらにバージョンアップをして、この方式に磨きをかけていきたいと考えています。このブログを読まれた高校生の方は、大学を選ぶ時に、単に偏差値や大学の序列だけを考えるのではなく、教育の内容にも目を向けてくださいね。

[PBL教育について]
PBLとは、problem-based learningあるいはproject-based learningの略です。学生さんが比較的少人数のグループで、自主的に学習してディスカッションを通して課題を解決したり、プロジェクトを達成する教育方法です。自分で学習するときには、あらゆる教育資源を活用します。たとえば、教科書、インターネット、図書館、友達や先生とのディスカッション、eラーニング、専門の先生とのインタビュー、調査活動などなど。そうそう、「講義」も自学自習をするための大切な教育資源の一つですね。でも「講義」を受けることが教育のすべてであると勘違いしないでください。大切なことは「講義」やそのほかの教育資源を通して、学生さん自身が何を身につけたかということです。

「三重大学Moodle(ムードル)について」
授業などで教材配付、レポート提出、ディスカッションやアンケートなど、いろいろな使い方ができ、三重大学が先導して日本版を開発しているeラーニングシステムです。これも年々普及し、活用している授業は2割を超えました。研究室や委員会などでの情報共有にも利用でき、学生どうし、学生と教職員、教職員どうしのコミュニケーションを促進してくれます。