- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

なぜ、臨床医学研究の国際競争力は低下したのか?
~地方大学の挑戦(その4)~

   前回は、わが国全体の「臨床医学」の国際的な論文数が減りつつあることを説明しました。世界的に見てもまれな現象がどうして起こったのでしょうか?それにはいくつかの理由があるのですが、前回は、政府による格差拡大政策が、研究効率の良い地方大学の体力を低下させることが一つの理由かも知れないことをお話しました。でも、それだけでは説明できないので、補足しておきます。

   さて、皆さんは、日本中で今問題になっている地域の病院の医師不足問題をご存知ですね。一般病院だけでなく、多くの大学病院でも減りました。表面化したきっかけは、04年に始まった新しい医師研修制度です。若い医師が全国どこの病院でも選べるようになって流動化が進んだために、一部の勝ち組の病院(多くは都会の大学や病院)に医師が集まるようになりました。それから、研修医がいろいろな診療科をローテーションするので、しんどい科と楽な科がよくわかるようになり、しんどい科を避ける傾向が出てきたのですね。しんどい科の医師がいったん減ると、残された医師はますますしんどくなり、病院を去って開業医になるという現象が加速しました。

   それと、そもそも日本の医師数は住民千人あたり2人で、先進国の千人あたり3人に比べてかなり少なかったことも原因の一つだと思います。国は、医師数が増えると国民医療費も増えることを心配して、医師を増やそうとしなかったんですね。

   いずれにせよ、大学の医師が減ると、研究する人の数が減るので、あたりまえのことですが、論文数も減るわけです。

   もう一つ、政府は大学病院への交付金をずいぶん減らし、また、健康保険で診療した時の病院の報酬も減らし、大学病院は増収のために患者さんや手術の数を増やさなくてはならなくなりました。そうすると診療・教育・研究の3つの仕事をこなす大学病院の医師にとって、診療時間が増え、研究時間が減ることになるので、論文数も減ることになります。

   患者さんが増えても、論文数が減らないようにがんばれとおっしゃる方がいるかもしれませんが、医師はすでにぎりぎりの生活をしていることが多く、不可能なんですね。私も以前大学病院で働いていたときは、ほとんど毎日夜遅くまで働いていました。

   今、起こっていることは、地域医療の崩壊と医学研究の国際競争力の低下の同時進行です。政府の大学病院への予算の削減と大学間格差拡大政策が今後も続くようなことがあれば、この状況はさらに悪化するでしょう。