- 学長ブログ ある地方大学長のつぼやき -

三重大学長の「つぶやき」と「ぼやき」のブログです。

ものごとの見方に一石を投じる武田邦彦氏の講演

   さて、過日のブログに書きましたが、「第一回の三重大学発産学官連携セミナー2007 in伊賀」で、テレビにも出演され、ご著書がベストセラーになっている中部大学武田邦彦教授の「環境問題と国際政治」というお話には、ものごとの見方に一石を投じるものと感じました。
 以下に、武田先生のお話の一部を抜粋しますと、

○北極の氷がとけても海面は上昇しない。国民に誤解が生じているのはIPCC(ノーベル平和賞受賞)の報告書が正確に報道されていないから。

○京都議定書で二酸化炭素削減に取り組んでいる国は唯一日本だけで、日本だけがいくら努力しても、地球温暖化を防ぐことはできない。したがって、行政は温暖化が避けられないと考えて対策をとるべき。

○ダイオキシンの毒性が高いという根拠はない。過去の調査や長年にわたる発がん性の追跡調査でも証明されなかった。

○虚像としてのリサイクル。ペットボトルの消費量と回収量は公表されているが、再利用量は公表されておらず、私が計算 してみると低い値である。

   「私の講演を聴いて、気分を害される方々が大勢います。」と講演の冒頭でおっしゃったとおり、インターネットで検索してみると、武田先生のご主張に疑問をいだくブログがたくさん見受けられ、せっかくの国民的な環境問題への取り組みの機運に水をさすものであるという意見や、データを巡ってペットボトルリサイクル協会との論争もあるようです。

  私の目からは、武田先生は、常識と思われていることについても本当に正しいのかどうか疑問をいただき、科学的な根拠やデータに基づいてものごとを判断すること、すなわち「クリティカル・シンキング」の大切さを訴えておられるものと感じました。そして、間違った先入観が形成される原因として、政治的な思惑やマスコミの報道があるというご指摘でした。

   私の専門である医療の分野でも、科学的根拠に基づいた医療(EBM:evidence-based medicine)、の重要性が10年ほど前から強調されるようになってきました。たとえば、手術場に医者が土足で入って手術をすること(「一足制」と言う)などは、以前は考えられもしなかったことなのですが、最近では土足で手術をする病院も増えてきました。これもEBMの賜物です。しかし、日本人は、データを見せられても、今までの固定観念を捨て去ることが困難な国民性のようで、欧米のような合理主義精神が以前から培われている国々に比較して、EBMがなかなか進まなかったように感じます。

   ただし、現実には科学的根拠が明確なことはごく一部にすぎず、根拠が明確でない状況で何らかの意思決定をしなければならない場面がほとんどであると思います。また、その時に科学的根拠とされていたことも、後に覆されることは多々あります。このような場合、根拠が不明確であれば、不明確であるということを認識した上で意思決定をするべきであるというのが武田先生のご主張であったように思います。ダイオキシンについても、毒性が高いという前提にもとづいて政策が決められることは理解できないが、毒性が高いという証拠がないことを理解した上で、現時点ではよく分かっていない将来の危険性を考えて予防的に規制をする、というのであれば理解できるとおっしゃっていました。

   当たり前と思っている前提についても、どこまで科学的な根拠が明確であり、明確でないのか自問自答し、それを認識した上で意思決定をする習慣が大切であると思いました。